2010年07月06日

もう、プロには期待できない~大衆による直接社会統合の可能性 6 参議院選の投票率は、一気に下がると予想される~

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去年の衆議院選挙戦で、民主党は、国家を統合するために経済的には市場に対する規制(将来的には脱市場に繋がる路線)の必要性を、また政治的には脱米路線を明確にしていました。
それに対して、管首相は、消費税を10%に増税して、それを福祉等の社会保障につぎこむことで社会基盤を安定させ経済成長を図ろうとしています。また対米外交では鳩山政権とは真逆の自民党顔負けの従米路線を取っています。
経済成長路線と従米路線の政策は、現在では最も古い考え方であり、管首相には現在進行中のパラダイム転換の認識のカケラも無い事を示しています。 
ここで改めて、現在の国家と市場はどのような関係になっているのか、また国家がなぜ統合機関として存続しているのかを見て行きたいと思います。
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四方勢至の「超国家・超市場論17 新しい社会統合機構が、国家機関を吸収・解体する」より転載します。

市場は、社会を統合する機能を持ち合わせていない。従って、現在でも国家が社会統合の機能を担っている。国家と云っても掴み所がないが、その実体は官吏をはじめ、国家によって肩書きを与えられた学者や教師や弁護士や税理士etcの統合階級が棲息する場or機関と考えれば良い。
しかし、市場社会では、お金こそが評価指標(=最先端価値)で、それが圧力源=活力源ともなっているのに対して、国家や国家によって与えられた身分は人々の評価指標でも活力源でもない。ただ、暴力装置(軍隊・警察)付きの圧力源として機能しているだけであるのに、なぜ国家(や身分)が未だに統合機関なのか?
それは、社会の統合の必要(実体的には私権闘争や掠奪闘争の統合の必要)は誰もが認めざるを得ないことであり、市場が統合機関になり得ない以上、国家を統合機関として存続させるしかないからである。
つまり、国家の主柱を成す力の序列⇒身分制度が表面上は無くなっても、他に代わるものがないので、これまで社会を統合してきた国家機関を、人々が仕方なく統合機関として共認することによって、統合機関としての面目を保ち、今も社会を統合しているに過ぎない。 (注:国家機関の実体は上記の統合階級であり、その意味では、身分制は決して全面解体された訳ではなく、最後の身分は温存され続けている。)

管直人新首相や彼を取り巻く政治家は、近代思想を母胎とする消費者運動、人権運動、環境運動、フェミニズム運動などをリードしてきた市民運動家や、またグローバル企業が母胎となった松下政経塾の出身者で占められています。明らかに民族派の政治家ではなく、アメリカ型すなわちアメリカ従属の政治家達です。
また見方を変えれば、管直人政権は、団塊の世代が中心の今までに登場していない政権であるとも言えます。
団塊の世代は学生運動の挫折から、変革不可能視を植えつけられた世代です。運動が実現しなかったという敗北体験は、その後彼らを徹底した「私生活主義者」「マイホーム主義者」へと転向させていきました。それは本当の日本の課題を捨象する無難志向の典型と言ってよいと思います。このように団塊の世代が辿ってきた足跡を見れば、今回の政権は、短命に終わる可能性が高いように思います。
以上のような政権に対して、民族派の小沢一郎は、早くも距離を置いています。近い将来小沢一郎は、民主党を割って、自民党の民族派と新しい党を結成する可能性が考えられます。この新しい党が、大衆の支持を得られるのかどうか。もしこの党が支持を得られない時、全く新しい党が生まれる可能性が考えられます。

しかし、私権闘争が終焉を迎えつつある今、私権闘争の止揚・統合体である国家も終焉の時を迎えざるを得ない。何ら万人の活力源とは成らず、(他に変わるものがないので仕方なく統合機関として共認されているのを良いことに)一方的に税を徴収し、従わなければブタ箱に放り込む圧力源としてのみ働く国家と言う存在は、時代のはざまに取り残された極めて異常な存在であり、本当は単なる過去の遺物に過ぎない。
従って、もし万人参加の認識形成の場(統合サイト)を中核とする新しい社会統合機構が作られ、それが統合機関として人々に共認されれば、国家は簡単に廃止(=新しい統合機構に吸収)されることになる。その際、大幅な人員の入れ替えが発生することは、云うまでもない。むしろ、全ての公務は半専任化=副業化されることになるだろう(実現論0_7_03,実現論0_7_04参照)。

このような近代思想の妄信政治家とグローバル企業の利益しか頭に無い政治家の政策に対して、一般の人たちは、「なにかおかしい」と思い出し始めている。また去年の衆議院選挙で、民主党に大きく期待したが、今回の政策を見るにつけ1年も経たないうちに民主党にも期待できないことがはっきりしてきたと思います。
今回の選挙では、去年の衆議院選挙戦のような政党選択が判断基準にならない、与党、野党どちらが勝つかは、あまり意味が無く、結果的に投票率は一気に下がるのではないでしょうか。
次回は、参議院選の結果をもとに、政界はどのように変遷していくのか、今後一般市民はどのように行動していけば良いのかを見て行きたいと思います。

List    投稿者 toshi | 2010-07-06 | Posted in 07.新政治勢力の結集に向けてNo Comments » 

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