2011年08月06日

『民主主義』『市民運動』という騙しとその犯罪性 3~貧しい国を助けたいという善意と情熱だけでは、市場派に利用され片棒を担ぐ事になる

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画像はこちらからお借りしました

過去、’60年安保闘争にせよ、’69年全共闘運動にせよ、大衆の願いは実現された例がない。さらに遡れば、明治維新やフランス革命も同様であって、実現されたのは、金貸し(金融勢力)支配の体制だけであり、それらの革命に身を投じた若者たちは、金貸しに乗せられ踊らされてきただけであった。
つまり、近代の市民運動は、実現された例がない。従って、「市民運動」という言葉は、幻想と断じざるを得ない。
しかも、この幻想を信じた結果、多くの有為の若者が出口のない袋小路に追い詰められ、自滅していった。これは騙し、それも、社会変革のすべての可能性の芽を摘み取る、破滅的な騙しである。
近代思想を生み出したのは、金貸し(金融勢力)である。ところが、市民運動の活動家たちも、同じ近代思想に立脚している。
同じ思想に立脚しながら、社会を変革することなど出来るわけがない。

るいネット『市民運動という騙し。それも、すべての可能性の芽を摘みとる破滅的な騙し』より引用
第1話では、近代の市民運動は全て騙しであるということについて、第2話では、環境運動は可能性が感じられないだけではなく、社会活力を奪う犯罪性を持っているということについて扱ってきました。
第3話では、国際市場を牛耳る国際資本家が、さらなる市場の拡大、支配体制の確立を求めて、農業の世界を支配し、目先の表層観念に収束した人を利用して起こした「緑の革命」についての記事を紹介します。
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  投稿者 tateko | 2011-08-06 | Posted in 未分類 | No Comments »