2007年05月19日
アメリカの先棒を担ぐ朝日
かつて、朝日新聞は親米保守の自民党を批判することで、大衆の味方であり反米であるとイメージされていた。現在でもそう思っている人は多いだろう。しかし今や、事実は逆である。マスコミ各社の中で最もアメリカべったりなのが、朝日新聞とテレビ朝日なのではないか。
結論ありきの番組制作 ~人々はどう受け止めるのか~
マスコミの捏造問題が頻繁に取りざたされる昨今ですが、TV業界(マスコミ)の実態を示す記事があったので紹介します。
歴史にみる朝日の「強制連行」報道の変遷
朝鮮・徴兵制に感激の波高し
朝鮮における徴兵制実施に関する朝鮮同胞の希望は支那事変以来益々熾烈なものがあり・・・
上京して宮城奉拝
一死・應(こた)へ奉らん
感謝の手紙数千通
この朝日の記事をみると、朝鮮人は喜んで日本に働きに来ていたようですが・・・
世論の流れに逆行し、ゴシップ・スキャンダル路線に走る朝日
朝日に関する投稿が続いている。かつて反権力・良識を誇った朝日がなぜ、ここまで捏造を繰り返すのだろうか?
そのカギとなる記事があった。週刊朝日はゴシップ・スキャンダル路線に転換したらしい。以下、
TOCSメディアレポート「苦境続く新聞社系週刊誌~週刊朝日編集長に聞く」[2006.12.15]からの引用。
姑息な報道の仕方は朝日新聞のお家芸?
雑誌販売部数の推移について書かれた「朝日新聞」の特集記事と、その記事に対する「週刊新潮」の批判記事の引用がありましたので紹介します。
ブログ和田浦海岸 より
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教育問題から伺えるマスコミによる問題の深刻化
マスコミによる教員への批判が一時期相次いでいたが、果たしてその批判は正しいのであろうか?
この一年の間に批判された内容はまず、高校生の未履修問題があった。この問題の背景には特に予備校過疎地である地方で高校にしか大学進学を頼む事ができない地域で発生した問題であり、大学への進学をどの様に実現させるのかという保護者や生徒からの期待に対して高校が行なった手段であった。これに対してマスコミは不平等であるとして攻撃を加え、ついには校長を自殺に追い込む事件を引き起こしてしまう。こうした状況にありながら問題を発生させた張本人である文部科学省、そこの最高責任者である文部科学大臣の伊吹文明は「受験に有利なことだけ教えたっていうのは未履修問題。
教育の世界における村上ファンドやライブドアみたいなもの」(http://echoo.yubitoma.or.jp/weblog/kamiwaki1958/eid/436383)とまるで自分達の責任ではなく、世の中やそれを行なった社会の責任と責任の放棄を行なう発言をしている。
次にいじめの問題である。いじめによる自殺をマスコミはたたき始める。そして、それを教員へと責任を擦り付けてしまった。
「懲りない・反省しない」朝日の伝統?
1879(明治12)年大衆に親しまれる「絵入り小新聞」としてスタートを切った朝日新聞社は、毎日などの政論大新聞の向こうを張って、議会「傍聴筆記」を付録として読者拡大を狙うという戦術で、1890年には全国的な総合紙のトップクラスに踊りでた。
その後、政界とのパイプを作り、穏健な政論の書ける論客を招いたり、日露戦争~第1次大戦を通じて販売を強化し、1915年ころまでに一流新聞『大朝日』の地位を手にした。
その直後、一流企業の仲間入りに増長したのか、手の平を返したように寺内内閣攻撃を繰り返し出した最中の1918(大正7)年、日本新聞史上最大の筆禍といわれる「白虹事件」を引き起こし、廃刊・廃業の危機に直面する。
その場は、ライバル誌「毎日」の社長だった原敬首相に、臆面もなく「畳に額をこすりつけて許しを乞い」なんとか廃業だけは逃れたらしい。詳しくは 『読売新聞・歴史検証』屈辱の誓いに変質した「不偏不党」を参照
増長しやすくて脇が甘く、綱領に掲げる「不偏不党」どころかカメレオンのようで、権力に弱いという企業体質?風土?は、どうやらこのころかららしい。
そうしてジャーナリスト学校まで発足させた『現代の大朝日』も、誤認?捏造?を繰り返していることから、懲りるどころか全く反省していないと思われても仕方がないだろう。
南京大虐殺はウソだ!
朝日新聞の南京大虐殺徹底糾弾キャンペーンはどのようなものだったか?詳しく報じられていますので紹介します。
愛すべきニッポンの隣人達 「日本国内・朝日新聞」より(http://www.ii-park.net/~imzapanese/nihon/asahi.htm )
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世論操作の方法 :「とまどえる群れ」をどうコントロールするか?
では、マスコミなどの特別階級は、どのようにして、“とまどえる群れ”としての大衆をコントロールしたのだろうか?大衆を操作するために広報(PR)産業→マスメディアを使った。この方法は1910年代~1920年代に開発され、テレビの普及とともに確立され今日に至っている。
・・・・アメリカ発の民主主義の真実!・・・の続きです。
(ノーム・チョムスキー)
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アメリカ発の民主主義の真実! “とまどえる群れ”と “合意のでっちあげ”
民主主義は、表向きは立派な観念で否定しがたいが、なんか怪しいと思っていた。よく言われる民主主義の理想は、“人々が自分たちの問題を自分で考えて行動する”・・・・ことのように言われるが、実際なかなかそんな場面に出くわしたことってない。
最近、驚いたことに、アメリカの支配勢力は、民主主義を用いて人々を支配し、利用するための理論を作っていた。そうして、実際に広報産業とメディアを用いて大衆をコントロールすることに成功してきたのだ。この理論が、現実の民主主義を導いたといったほうが事実に近のではないかと思えるほどである。実際、チョムスキーによれば、こちらのほうが優勢な民主主義の概念であるらしい。・・・・支配する側から見た民主主義。
『世論』 ウォルター・リップマン
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