2012年05月27日

同類(闘争)圧力不在の異常な空間/同類闘争圧力を末端まで貫通させる必要

 
時代の大転換期を迎え、企業間闘争が今まで以上に激しくなるにつれ、個人においても集団においても、『状況の変化にどう対応するか』が主要な命題になりました。どの企業も、生き残りを賭けて必死でしょう。
 
そして、企業に属する一人一人が、企業が置かれている状況を等しく捉える重要性が、日増しに高まっています。
 

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環境への適応、すなわち「外圧への適応」という意味では、生物は38億年の歴史があります。
 
あらゆる生物は外圧(外的状況)を感覚機能を用いてキャッチし、それに対して最も適切な行動を取ろうとします。つまりそれらの意味で、全ゆる生命体の存在は構造的に「外圧=内圧」(外圧と主体がイコールで結ばれる)の形となっています。逆にいえば外圧に対応していない(同化していない)存在は、淘汰されるのです。もちろん、人類も例外ではありません。
 
この外圧には、主要には二つの圧力があります。一つが生物一般に掛かる『生存圧力(生きるか死ぬかの圧力)』で、もう一つがサルと人類に固有の『同類圧力(同種類の生物同士に掛かる圧力)』です。現代の人類は、1970年に豊かさを実現し生存圧力を克服しましたから、同類圧力(この場合、人間同士の間で生まれる圧力)しか主要な外圧はありません。
 
この同類圧力(同類から受ける圧力)というのは、大きく捉えれば『期待圧力』です。社会的な同類圧力=期待圧力を外圧として、それに応えようと内圧が高まるのです。
 
そして、この社会的な期待には、現実期待と本源期待との二つがあります。現実期待とは、みんなが直面している現実課題を突破したいという期待であり、本源期待とは言葉にあることはあまりない潜在的な期待です。ある一人の人からも、2つの期待を同時に持っています。例えば、仕事で成果を上げたいという現実期待がある一方で、企業を共同体的な集団にしたいという本源期待が同時に生起しているなどが、それに当たります。
 
この現実期待と本源期待、一見矛盾する部分も持っていますが、これからの時代はこの二つの期待を同時に充たす必要があります。どちらか一方では、社会的な評価は得られません。さらに、本源期待は、人々の意識に潜在しているが故に、待っていても分かるものではありません。こちらから、みんなの意識に踏み込み、掴み取る種類の物です。
 
今までは、現実期待に応えるだけでも、企業は社会的評価を一定得ることができました。しかし、みんなの意識を対象化し、本源期待を掴み、それを「どう実現するのか」を”具体的に”打ち出さなければ、期待に応えたことにならないと言われる時代は、すぐそこに迫っています。もう入り始めたと言ってもいいでしょう。
 
企業にとっては難しい時代になったと言えますし、企業活動によって根底的な社会変革が成される可能性が開かれたと言うこともできます。
 
 
■さらに、生存圧力と同類圧力を、闘争という側面から捉え直すと、どうなるでしょうか?
 
生存圧力下において、主要な闘争圧力は、種間闘争圧力です。ライオンとシマウマのように、異種間の闘争が主要な外圧となって、進化が促進されてきました。
サル・人類の同類圧力下においては、集団での同類闘争が外圧となって、集団規模での進化が促進され、現在まで続く社会構造が形作られてきました。
 
この種間闘争と同類闘争には、決定的な違いがあります。
種間闘争では、ライオンとシマウマの事例からも分かるように、初めから勝敗(食うもの、食われるもの)が決まっています。ライオンは、餌としてシマウマを見ればいいし、シマウマは逃げるのみです。シマウマがライオンに立ち向かっても、万に一つも勝利の可能性はありません。
 
一方、同類闘争では、同じ種類の動物が争うわけですから、圧倒的な体格差や能力差は生じません。ですから、圧倒的な集団規模の差が無ければ、勝敗は簡単には付きません。その闘いは常に長期化し、どちらが勝つにせよ僅差の勝利となります。
 
また、現代における闘争では、社会的な評価を巡る闘争がほとんどです。ですから、一度の勝負の結果で、絶対的な序列が形成されることはありません。評価は目まぐるしく変化し、勝敗がひっくり返ることさえあります。
 
言わば、この社会は、集団単位の同類(闘争)圧力に満たされた空間だと言うことができます。そして、「社会に出て求められる能力」とは、この同類(闘争)圧力に、適応する能力だと定義することもできます。
 
 
■翻って、現在の学校空間はどうでしょうか?
  
現在の学校制度のおかしさは、様々な場面で言われます。特に、「社会に出てから求められる能力を、育成できていない」という点は、何度も強調されてきました。
 
こうなってしまう本質的な原因は、社会では充満している同類(闘争)圧力が、学校空間では全くといっていいほど働いていない という点にあります。もちろん、仲間からの期待(圧力)や、先生からの期待(圧力)などはありますが、闘争圧力という切り口から考えた場合、同類闘争圧力はゼロだと言っていいでしょう。
 
あるのは、成績という個体間の競争くらいです。これももちろん同類闘争圧力の一種だと言えない事はないですが、集団間の闘争でない上に、社会的な評価とは無縁という意味で、やはり社会と隔絶されたニセモノの闘争と言わざるを得ません。
 
学校制度の異常さは、「社会的な同類闘争圧力と完全に切り離されている」ことが出発点になっています。それに比べれば、学校で習う内容が、現実社会で役に立つか立たないかなど、枝葉の話と言っていいでしょう。
 
 
■様々な場面に潜む「同類闘争圧力の不在」
  
しかし、このような「同類闘争圧力の不在」という問題は、何も学校だけに限りません。ほぼ全ての企業において、「企業集団がおかれている同類闘争圧力を、集団内に貫通させよう」としています。社員に「経営者の視点を持て」とお題目をいくら叫んでも、それだけでは軌道に乗らないからです。未だ有効な答えは見つかっていないのが現状でしょう。
しかし、人間の能力は、この同類闘争圧力を前提にしてしか成長しません。
これから社会に出ようとしている大学生のほとんどが、課題収束⇒能力欠乏をはらんでいます。その彼らが、「(同類闘争)圧力が高い場に身を置きたい」というのも、分かるように思います。
 
ですから、企業においても、(企業間で働いている)同類闘争圧力を、どう貫通させるかという命題を対象化し、『答え』を出さなければならない時期に来ているように思います。
 
(ないとう)

List    投稿者 tnaito | 2012-05-27 | Posted in 未分類 | 6 Comments » 

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コメント6件

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