2010年05月29日

ギリシャ問題の本質は?

ギリシャ発のユーロ危機が未だ収束しそうにない。
 
これは日本にとって対岸の火事かと言えば、そうではない。事実、日経平均株価もここ数週間で大幅に値を下げている。
そもそもこのギリシャの財政(金融)危機が今になって、突然顕在化したのはなぜか。それがなぜユーロや世界経済にまで影響が広がっているのか。
 
るいネットの記事を基に、それら一連の構造を整理し、図解化してみました。
 
greece8.jpg
 
 
ここからギリシャ問題の本質に迫ってみます。
 
 
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るいネット
ギリシャ問題は「国家破綻」を考える位相にある。より
>ユーロ構想は、元々一つの経済圏であるヨーロッパ各国間の取引から、基軸通貨ドルを駆逐するために始まった。>リンク
>アメリカの金融政策やドル為替に影響されない安定した通貨圏=ユーロ通貨圏を作り上げた。>
しかし、
アメリカなどの先進各国は、統一通貨圏なら為替の変動リスクがないと、ギリシャ、イタリア、スペインなど南欧の不動産、株、国債に大きな投資をしていく。>
結果、
「ヘッジファンドによるユーロ建て国債空売り」と「その攻撃を受けるユーロ諸国」の争いになっているのだ。
ドル為替の危険に対して、ユーロ圏のような地域通貨統合が有力なのではないかと思っていたが、そこに“国債市場”を残したままでは、国際金融資本による投機(空売り+CDS)に対抗できない。
通貨形態をいかに変えようと市場の暴走には無力なのだ。
国家が財政破綻するのは「市場」を前提にしているからだ。
そして、市場を超えた(超市場)新たな可能性を構築していくには、「市場」そして「国家」というものを、歴史を遡りその起源から構造的に理解することなしには答えは見えてこない。

<※参照>
超国家・超市場論12 市場の拡大限界は、国家の統合限界でもある
 
超国家・超市場論17 新しい社会統合機構が、国家機関を吸収・解体する

 
 
’08年のリーマンショックは未だ記憶に新しいところだが、今回のギリシャ危機に限らず、近年世界的な経済危機が度々発生し、そのたびに国家が救済を繰り返している。このままでは国家破綻の連鎖→市場崩壊の流れが不可避であることは、誰の目にも明らかだ。
 
このような出口が見えない袋小路に陥っているのは、そもそも国家や経済が、私権闘争を圧力源=活力源とした「市場」を前提(基盤)にしているからに他ならない。
とすればその突破口は、私権闘争に替わる新たな活力源の創出と、それに基づく「必要か否か」の判断の土俵によって「国家」と「市場」を解体⇒再統合していくしかないということになる。

 
そのためには、まず「国家」や「市場」の成立過程やその構造を、歴史的事実から明らかにしていく必要がある。
 
なんで屋では、この「国家」や「市場」の成立過程やその構造を解明した書籍を発刊しています。
 
   keizai.jpg
 
 
ニュースやネットで経済問題を知りつつ、未だ問題の本質が見えず何かスッキリしないという方には、このグランドセオリーVol.4「経済破局はくるのか?」を購読頂き、これからの「国家」や「市場」、そして「企業」の向かうべき大きな方向性を追究⇒実現していくための足掛かりとしていただければと思います。
 
★このグランドセオリーシリーズはネットでも購入できます
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<上の図解作成は、以下の記事を参考にしました>
2010年経済危機(1) ゴールドマン・サックスの詐欺的手法
2010年経済危機(2) ギリシャ発ユーロ危機
2010年経済危機(3) 規制されないCDS(債務保証保険)
隠蔽され、たらい回しにされ続けてきた”リスク”

List    投稿者 nishi | 2010-05-29 | Posted in 未分類 | 8 Comments » 

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コメント8件

 unimaro | 2011.01.16 0:38

お疲れ様です。
> 殊に視聴者の反響が高かったことの一つは、生徒が放課後、自分たちで教室やトイレを掃除するシステムで、掃除は、使用人や召使いがやる仕事として手を付けたがらない自分たちの姿勢や、ごみをポンポン投げ捨てる生活習慣を反省
↑、
これを理解できている放映した国々の人々は凄いですね。
私の知るタイでは、掃除など下働きの者のすること、と一般人ですら馬鹿にします。勿論自宅などは雇い人などいないので自分で適当にやっていますが、それも「仕方ないから嫌々やっている」というものです。
マレーに居た時は、タイ人よりわかり易い、と思いましたが、そういったところに置いてだったかもしれません。

 斜視眼 | 2011.01.16 1:30

植草氏のブログから辿って初めて貴ブログを拝見しました。
物事を少々斜めからみる癖があるようですのであしからず。
> イスラム教は規範教とも言えるかと思います。集団を規範で律し統合するするための宗教ですね。イスラムの方が日本を見ると、その宗教以上に社会規範が徹底しているということでしょう。規範を説く宗教が無いのに規範が守られている!驚くようですね。
と述べられています。 このことについての感想です。
もともと規範意識の整った民族や場所ではイスラームで教える規範宗教は発生しないのではないでしょうか。
人間はほっておくと本能に任せた状態になるのが自然の成り行きであると思います。其の状態を克服し人間を取り戻すために宗教や思想が発生するのではないでしょうか。
日本においてはイスラムのような規範は宗教にはなりえなかった。それは空気や水と同じように自然に意識することなくそなわっていたのではないでしょうか。(過去形で書いています。)
また中華思想を標榜する中国で儒教や道教などが発生したのも同じような原因ではないかと見ています。
インドで発生した仏教は生老病死あるいは四句八苦といわれる人間の悩みや苦しみに視点をあわせた宗教であることにも何か自然や民族の状態が反映されていると思います。
 日本では「和をもって尊しとなす」というスローガンをうちだした昔の天皇がいたようです。これも穿ったみかたをすれば、日本人は自然に本能にまかせて生きればとんでもない状態になるからではないかと思います。
現在の社会、特に政治を見ているとこのことを強く思います。本能剥き出しで騒いでいる総理大臣を見ていると特に強烈に見えます。これでは猿社会以下の畜生集団に見えます。

 匿名 | 2011.01.16 12:20

続き
イスラーム教 儒教・道教 仏教について意見を書いたがキリスト教について書かないのも片手落ちということになろう。
キリスト教については、ひとが支配する、支配されるという社会の中で神という規範・存在を設定し、その元でその呪縛を克服しようとした宗教ではないかと考えている。
ついでに日本の神社などは、時として荒れすさぶ自然、また人々に恵みをもたらす自然にたいする畏敬の念を形にした宗教ではないかと思っています

 hihi | 2011.01.18 20:07

unimaroさんありがとうございます。
そうでうすか、タイの人たちはそんな感じですか。イメージと違いますね。
日本も戦前までは、少し大きなお宅には使用人の人がいたようですが、でも馬鹿にはしていなかったように思います。この違いは何からくるのでしょうね。

 hihi | 2011.01.19 0:33

斜視眼さんありがとうございます。
>それは空気や水と同じように自然に意識することなくそなわっていたのではないでしょうか。
>これも穿ったみかたをすれば、日本人は自然に本能にまかせて生きればとんでもない状態になるからではないかと思います。
矛盾していると思います。

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