2009年01月30日
日本支配の構造22 皇室財産は長州勢による特別資金?

皇室財産を巡ってこの間追求してきましたが、今回はその使途について検討してみたいと思います。なお、前回日本他の中央銀行制度の出資金に皇室財産が使用されたことに触れましたが、今回もその続きとなります。
『近代国家成立の歴史』12 個人の「所有権」を最大限認めたロック
前回は、『近代国家成立の歴史』11 国家と個人を直接結びつけたホッブスを掲載しました。
今回は■ジョン・ロック(1632~1704年)イギリス人です。

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『近代国家成立の歴史』11 国家と個人を直接結びつけたホッブス
前回は、『近代国家成立の歴史』10 近代国家の理論的根拠=社会契約説とは、何だったのか?を掲載しました。
市場拡大を前提とした商人国家」とその隆盛をうけ、当時の思想家たち(ホッブズ、ロック、ルソー)は、既存の国家理論に変わる、新たな国家理論を模索します。彼らが試みた国家理論の中心は、既存の国家が王権神授説に代表されるように神や古来からの慣習法に依拠していたことに対して、そういった神や古来からの慣習法に一切依拠することなしに新たな国家のあり方を説明することでした。
彼らは、個人と国家が「社会契約」することによって生まれる国家こそ、正しい国家のあり方であるとし、三者三様に社会契約説を打ち立てます。彼らはなぜ個人と国家が「社会契約」することによって生まれる国家が、正しい国家のあり方だと考えたのでしょうか?それを知るには、その当時彼らがおかれていた社会状況(外圧)を含めて見ていく必要があります。
今回は、■トマス・ホッブズ(1588~1679年)イギリス人
を紹介してみたいと思います。

| 1609年 | オランダ・アムステルダム銀行設立 ⇒オランダが世界経済の中心(一大金融センターに) |
| 1609年 | 【ドイツ】週刊印刷新聞Relation(レラツィオン)発刊。 |
| 1618年 | 三十年戦争勃発 (プロテスタントとカトリックの宗教戦争からヨーロッパ各国間の領土戦争へ) |
| 1620年 | イギリス・ピューリタントの北米移住 |
| 1622年 | 【イギリス】週刊新聞WeeklyNews発刊。 |
| 1628年 | イギリス・ピューリタントによる権利請願 |
| 1631年 | 【フランス】週刊新聞LaGazette発刊。 |
| 1642年~1649年 | イギリス 清教徒革命(ピューリタン革命) |
| 1648年 | ウェストファリア条約(三十年戦争終結) |
| 1651年 | イギリス・ホッブス「リヴァイアサン」 |
| 1653年~1658年 | イギリス・クロムウェルの独裁 |
| 1652年~ | 第一次英蘭戦争 |
| 1660年 | イギリス 王政復古 |
| 1683年 | ロック、オランダに亡命 |
| 1688年 | 名誉革命(イギリス議会が、オランダ統領を国王に) |
| 1688年 | 権利章典→立憲王政 |
| 1689年 | イギリス・ロック「統治二論」(「市民政府二論」) |
| 1694年 | イングランド銀行設立 |
| 1721年 | イギリスで、責任(議員)内閣制成立 |
| 1748年 | モンテスキュー「法の精神(三権分立)」【スイス・ジュネーブ】 |
| 1762年 | ルソー「社会契約論」 |
| 1775年 | アメリカ独立戦争 |
| 1776年 | トマス・ペイン『コモンセンス』流行 |
| 1776年 | アメリカ独立宣言 |
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