2012年09月25日

天皇制国家の源流3~朝鮮半島発の支配階級はどのようにして入ってきたのか?~

前回、天皇制国家の源流2 源平の交替現象と百済・新羅由来の支配者の違いで、下記の仮説を提起してくれました。

【仮説1】
恐らく、白村江の戦いで故国を失った百済の王族が、故地を失い帰る場所が無くなったため、日本を独立国としての体裁を整え、そこに天皇として納まるために企画したのではないかということになる。そう考えると古事記や日本書記で神話を捏造して、万世一系や降臨の話しもつながってくる。
【仮説2】
大きく見ると日本史は天皇・貴族支配の時代と、武家支配の2つのパターンに分かれるが、前者(天皇制)が百済系支配の時代、後者(武家支配の時代)が新羅系支配の時代と言えるのではないか?
【仮説3】
以上をまとめると百済系が、半島を追い出された敗者故に、属国意識に塗れ、外向きのガワの良さを装いながら、民から収奪しようとするダメ支配層であるのに対し、新羅系は村落共同体の自治を尊重しつつ、比較的民の生活をおもんばかりながら、日本を支配していたと見られる。
疑問として、
なぜ天皇制を考える必要があったのか、新羅系も含めなぜそこに収束したのか?上記仮説の検証とともに追求していきたいと思います。

今回は、前回の疑問から掘り下げていきたいと思います。
『「日本=百済」説~原型史観でみる日本事始め』(金容雲著 三五館刊)
より引用させて頂きます。

(さらに…)

  投稿者 i-ayaka | 2012-09-25 | Posted in 04.日本の政治構造9 Comments »