2012年09月07日

あじさい(紫陽花)革命に可能性はあるのか?(6)~自我パラダイムから脱却できないから思考停止する~

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みなさんこんにちは。
『紫陽花革命に可能性はあるのか?』という本シリーズも、大詰めです。
先回までは、歴史的な市民運動の構造を学び、脱原発デモとの相違点や類似点を探り、その可能性を探ってきました。
紫陽花革命に可能性はあるのか?(1)~貧困(飢餓)の圧力を前提に、民主主義イデオロギーに導かれた社会運動~
(2) 左翼イデオロギーに扇動された’60年安保闘争と’69年全共闘運動
(3) ’85年以降、左翼から従米へ転向した日本のインテリ階級
(4) 脱貧困の素朴な願いが民主主義を媒介して、自我・私権欠乏にスリ変わる
(5)金貸しが大衆を利用するための民主主義:大衆には名前だけの民主主義
今回は、運動の背景にある『思考』に焦点を当て、追求していきます。
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