2008年03月14日

日本支配の構造4 阿片戦略1~後藤新平~

ahen_flower3_color.jpg2poppies.jpg
ケシの花                      ケシ坊主
日本の支配構造1~3で、日本の近代化の過程が概ね見えてきたと思います。その中にも記載がありましたが、日本の戦争の歴史の中で、避けては通れないものがあります。それが【阿片】です。
一般的には、阿片と言えば、三角貿易を行っていた東インド会社(英国)に対し阿片輸入禁止令を出したことに端を発した【阿片戦争】を思い浮かべる人が多いと思います。
縄文と古代文明を探求しよう!【イギリス東インド会社②:儲けを求めて、貿易→徴税権(征服)→アヘンの三角貿易へ】参照
この英国と並んで、阿片帝国と呼ばれる国があるとすれば、戦前の日本がそれにあたると思われます。なぜ阿片帝国とならざる得なかったのかは戦争という究極の私権闘争を経験していく過程にヒントが隠れています。
日本は、日清戦争により、遼東半島・台湾・澎湖諸島を譲渡され、賠償金2億両(テール:約3億円)を得た。また、日露戦争では、満州南部の鉄道及び領地の租借権が得られ、国策会社である南満州鉄道株式会社を設立、後に満州事変を経て、満州国を建国したという歴史がある。この戦争の中では、日本は日本以外の国を占領 :twisted: することになる。それが、台湾であり、満州であった。この占領 :twisted: において避けては通れない人物がいる。それが大風呂敷の後藤新平である。彼はどのように統治 :twisted: していったのだろうか?そして阿片 :twisted: との関係はどうなっているのかを調べて見ました。
続きを読む前に、いつものポチッと宜しくお願いします :D :D

(さらに…)

  投稿者 gabor | 2008-03-14 | Posted in 04.日本の政治構造10 Comments »