2009年06月15日
日本支配の構造30 岩倉使節団~時代背景と国内・国際情勢
当時のサンフランシスコ市街図
明治4年11月12日(1871年12月23日)から明治6年(1873年)9月13日まで、米欧他各12ヶ国を632日かけて視察し、世界一周したこの岩倉具視(公家出身)を代表とする【岩倉使節団】は、まだ混沌としていた明治初期の日本がいかにして近代化を進め、「明治という国家」をどのようにつくっていくかという歴史的国家体制の方針に、極めて大きな影響を与えました。それはまさに日本近代化の原点となる旅であり、日本の歴史上でも遣唐使に比すべき大きな意味をもつ使節だったと思われます。【米欧亜回覧の会「岩倉使節団」】のサイトに記載があります。
日本が、開国する明治初期まで、意識の心底に色濃く残してきた共同体意識。その感覚をもって日本人が見た、欧米各国の市場化、工業化、自由化、金融化という私権社会の現実は、驚きの連続だったと思います。その私権社会=掠奪社会=光と闇をつぶさに視察しており、明治憲法や当時の教育制度、富国強兵政策、殖産興業などの国家の戦略に生かしています。
この使節団を見ると、近代国家【日本】がどのような方向に舵取りをしたかが、理解できると思います。
そこで、いくつかの記事より、その具体的な時代背景と国内情勢を見ていきたいと思います。
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