広告収入急減により新聞社は陥落~統合へ
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インターネットが社会インフラとしてほぼ定着し、「若者の新聞離れ」と囁かれて久しいが、新聞業界にはいっそう深刻な危機がせまっているようだ。
電通が月次で発表している同社の月次広告売り上げによると、08年12月の新聞は前年12月比で18%も減少している。(東洋経済2009.1.31号記事より)
広告収入が急減しているのだ。
いつも応援ありがとうございます。
以下は、東洋経済2009.1.31号記事「頼みのネットも稼げないテレビ・新聞」からの抜粋引用です。
新聞の危機の本質は、ビジネスモデルの金属疲労だ。全国規模で新聞発行を行っている5紙(全国紙)の12月発行部数は、読売が1001万部、朝日が802万部を誇り、毎日381万、日経306万、産経205万と続く。漸減傾向にあるが、世界に類例のない発行部数を誇るマンモスメディアだ。
が、第三者機関の日本ABC協会が発行するこの発行部数は、広告主からまったく信頼されていない。新聞を宅配する専売店網には「押し紙」と呼ばれる、読者のいない水増しした部数が納入されているのは周知の事実。ひどい新聞社の場合、押し紙比率は30%以上に及んでいるようだ。そんな水増しされた部数を基にした広告費設定に、広告主が納得するわけもない。値下げ圧力が激化するのはこれからだ。
水増しした大部数を基準に単価設定された広告収入を前提として、印刷所、専売店網などのインフラを自前で維持してきたのが新聞社のビジネスモデル。そのビジネスモデルが根底から崩れ始めている。
「押し紙」は既に周知の事実
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水増しされた部数が前提の広告費設定はもはや通用しない
↓
広告費を値下げせざるを得ない
↓
新聞社のビジネスモデル崩壊
という構図が明確になってきたようだ。
■このような苦境に立たされた新聞社は今後どうなっていくのか?
以下に、同じく東洋経済2009.1.31号の記事「追い込まれ手を結んだ産経・毎日の窮乏ぶり」から転載します。
昨年12月、いずれも劣らぬ苦しさの産経と毎日が手を組んだ。産経が九州地域で販売する新聞の印刷を毎日に委託するもので、今年10月スタートの予定。具体的には、現在、大阪で印刷して空輸し、地元ブロック紙の西日本新聞社に委託して配達している新聞を、毎日の北九州工場(福岡)か鳥栖工場(佐賀)での印刷に切り替え、引き続き西日本新聞のネットワークに乗せて販売する。
対象部数は当面3300~3500部にとどまるとはいえ、両者では九州地区に続いて岡山県内の両社印刷工場間での紙面制作や配送などでも提携していくことで合意。07年10月に読売、朝日、日経の“勝ち組”3社が業務提携したことを受け、除外された2社がやむにやまれず急接近した。「見るも無惨な弱者連合」だ。
その“勝ち組”であるはずの新聞社も全く同様な動きになっている。朝日新聞社の動向である。
こうした中、加速させているのが印刷・配送のアウトソーシング化。すでに06年6月から広島県西部地域向けの印刷を地方紙大手の中国新聞社に委ねていたが、07年4月からは茨城県向けを日経に委託。おととし10月の日経・読売との3社提携締結を契機に、昨年4月には読売とともに北海道東部地域向けの印刷・配送を十勝毎日新聞社に委託した。
そして10年4月からは新たに鹿児島県全域と宮崎県南部地域向け約5万4000部の印刷を南日本新聞社に委託。さらに12年には、四国4県向けをすべて読売・坂出工場に委託するという思い切った改革策に打って出る。
このように、新聞社は印刷・配送の統合に向かい、アウトソーシング化をどんどん進めている。またアウトソーシング化が進めばリストラの嵐になるはずである。
新聞社が統合される日は近いのではないだろうか。


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コメント3件
Kon | 2009.05.28 20:32
>金貸し支配と労働運動は繋がっていた?
面白い視点ですね。多分、何か運動や行動を起こしたり、社会空間でなにか実現おする場合は、必ず、金が必要な時代であり、それは、マルクスの時代も同じであったように思います。その点で思想や哲学を生み出すにも金が必要だったのだろうと単純に考えられます。
また、金貸しの基本構造は、二項対立を生み出し、その両者に金を貸し儲ける構造があり、更に、社会秩序を不安定にして、その落差における闘争における場面で儲けるという構造があります。その代表が戦争です。
その意味で、労働運動や二大政党制、労使交渉や国家間戦争、貧富の差、社会運動、左右対立なども、序列上位と序列下位の落差を利用した金貸しの儲けの構造が見えます。
貧乏では、社会運動などまずもってできるわけがない。まず、食うことに集中するわけで、その点では、労働運動は、金貸しの戦略にのった社会運動であり、ゆえにチンケな運動ということになるのだと思います。
コスモス | 2009.05.28 22:16
二項対立の視点で考えて見たら、労働運動は、「資本家」と「労働者」の対立だな。
で、結局は労働者(=消費者)がある程度豊かになって、資本家は儲かるという関係か・・・・
う~ん・・・、普遍性は、対立のある所にはある種社会の「活性化」が生じ、それに伴って資本の拡大と移動が生じるみたいな感じか・・・?
ちょっと哲学的になってきた。

【あと書き】
本文にはあえて書きませんでしたが、「資本論」にしても「共産党宣言」にしても、マルクス以外の人間の手がかなり入っており、マルクスの意図自体がどの程度生きているのか読み取りにくい側面があります。当時の権力者の思惑がかなり混入している可能性が高いんですね。よって、厳密にはマルクスの思想と金貸し達の関係以外に、当時の運動家自体の思想も抑えておく必要があるわけです。
以下、「資本論」「共産党宣言」の編纂経緯など。
◆なお、マルクスは資本論の第1巻しか完成させておらず、第2巻、第3巻はエンゲルスがマルクスの遺稿を編集したものである。さらに、ソビエト連邦成立後には、ソ連共産党のマルクス=レーニン主義研究所で編纂されている。マルクスの遺稿は完成度がまちまちな草稿をもとに編纂したもので、かつ、マルクスは酷い悪筆であり、当時の判読はマルクスをよく知るエンゲルスしかできなかったともいわれている。ソ連共産党が編纂したものがどの程度マルクスの意図を反映したものかは不明であり、当時のソ連共産党の思想的意図が入り込んでいることも否定はできない。(現在も、残された遺稿をもとに分析は進められているようだ)
◆【共産党宣言】に関しても、マルクスはなんとか1月に綱領案を脱稿し、その後ロンドンへ発送。翌月24日、カール・シャッパーの校閲を経て、ロンドンで印刷・発行された。この時に著者名がつけられていないのは同盟の方針である。また共産主義者同盟の中心者は上述のようにマルクスではなく、カール・シャッパーと、その反対派の急先鋒ヴィルヘルム・ヴァイトリングであった。したがってこの文書にはマルクス、エンゲルスの思想とは別に共産主義者同盟幹部たちや職人革命家たち(ヴァイトリング、シャッパー等)の政治的見地や社会的意識が反映している。このためマルクス研究者の間では、この文書は厳密な意味ではマルクス自身の著作ではないという見解がある。