2013年12月23日

裏天皇の正体7~葛城(+秦)⇒裏天皇の諜報組織(修験道)

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「裏天皇の正体6~裏天皇(南朝系伏見殿)の諜報ネットワーク」で紹介した論点は、次の通りです。
非人(朝鮮半島からの流入民や国内の逃散農民)に対する社会政策を、加茂役君小角(役行者)を源流として西大寺が担っていた。
彼ら非農業民(非人)の収入源は専ら市場(散所)活動であり、その上納金が西大寺に貢納され、西大寺基金となった。
南北朝時代になって、偽装死去した南朝護良親王とその末裔である伏見殿(裏天皇)が西大寺-極楽寺ネットワークを取り仕切るようになる。
折からの市場(散所)経済の興隆によって、西大寺の事業は莫大な収益を上げ、それを財源として、伏見殿(裏天皇)は港湾を整備するとともに海外進出をはじめ、諜報員
皇統奉公衆(高等忍者)を海外に派遣する。

この説で南朝系の伏見殿(裏天皇)の諜報組織の源流となっているのは、朝鮮からの流入民や国内の逃散農民の社会政策を担っていた役行者(役小角)である。
役行者は修験道の開祖と云われるが、その正体は何か?あるいは修験道とは何だったのか?

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(さらに…)

  投稿者 staff | 2013-12-23 | Posted in 04.日本の政治構造No Comments »