2013年11月17日

自給期待と日本の近未来5 ~自給期待の共認圧力が生起した~

みなさん、こんばんは
自給期待と日本の近未来4 ~2002年、市場の先導役だった若者期待が消滅、親の期待発で課題収束~ の続きです。
前回、顕在化しつつある自給期待と、それに応える主力になる「若者の意識」についての記事を書きました。・・・今回は、人々の自給期待がどんな変化を生み出しているのかについて見ていきたいと思います。いよいよ最先端は自給期待の時代に入っているようです。この自給期待は、市場経済・国家の状況とも大きくリンクしてくると考えられます。

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●進行する経済破綻、市場縮小⇒その度に自給期待が高まっていく
1980年代後半~1990年代:日本バブルと崩壊
1990年代後半~2000年代:米バブル・サブプライムローン
2008年:リーマンショック →米・欧州の金融崩壊
既に1980年代から、各国は金融経済化・バブル形成→その崩壊→国家債務の拡大という悪循環を繰り返しています。この行き着く先がデフォルト問題です。この10月17日米国債デフォルト騒ぎがありました。今回は先送りされましたが、米国債デフォルトは近い将来必ずやってくると考えたほうがよいでしょう。
img_a2f4122e82d21ec0b8d347efb9042f69196514.jpg 写真はリンクよりお借りしました
デフォルトとは国家の債務と信用の破綻ですが、需要の中心たる国家信用の破綻の過程で、物価上昇や需要減→数割の企業の倒産、数割規模の失業の増大が起こります。
生き残った企業も大胆に業態転換しないと生き残れません。特に輸入品の食糧やエネルギー高騰と日本の購買力低下は避けられないと考えられます。
国家需要に頼らず、農業やエネルギー自給という方向に舵を切った企業は生き残る可能性が高いのです。
※政府は、アベノミクスによる紙幣バラマキを通じ、ハイパーインフレを狙っている(財政赤字と借金の帳消しが可能)とも考えられますが、生産力の余力がある現代では、たとえ国家がデフォルトしても、ハイパーインフレまでにはならないと考えられます。
参照:米国債デフォルト後の世界経済はどうなる?1~国債が暴落しても、ハイパーインフレにはならない
この過程で、バラマキと増税しか能がない国家や市場体制への不信がさらに高まっていきます。そして自給期待は切実な現実問題として登場することになります。そして自給派が数%から数割に一気に増えるのもこの段階になるでしょう。答えのないお上を見限る人がさらに増えていくのは確実です。
★現在は、デフォルト前の市場崩壊の途中過程ですが、既に自給期待は顕在化しています。どんな自給期待発の動きが始まっているのでしょうか?
●自給期待はどんな変化を生み出しているのか?
出版やツィツターなどで最も関心が高いものの一つに、食品・医療があります。それに若者を取り巻く変化も気になるところです。
【自給・健康志向】
①農業・食品
自給する上で真っ先に必要になるのが、食糧です。最近の相次ぐ食品偽装が騒がれるのもみんなの関心が高いためです。
・それに対して、スーパーなどではトレーサビリティの徹底などで対応しています。
さらに徹底させたのが、中間卸を介さない直売所と産地直送ネットワークです。直接産地と契約を結んで、宅急便で農作物を送ってもらう。これで信頼できる生産者の食品を食べることができます。
・そして、もっと自給化を高めているのが、自家栽培(市民農園含む)の増加と繋がりです。市民農園はどこも抽選になるほどの繁盛です。また時間のある定年退職者が栽培して近所や知り合いに配っている例もよく耳にします。(僕もいただいています。)
top_minamino.jpg 写真はリンクよりお借りしました
・注目すべき潮流も生まれています。現代人は食べ過ぎ、かつ現代の食べ物は人工物質≒毒がいっぱい入っているので、あまり食べない方がいいという考え方です。
 食べなければ死なない①  
 食べなければ死なない② 
これは、食品需要を急縮小させる可能性があり食品業界にとっては死活問題になりそうですが、反面食糧自給率を一気に改善する可能性があります。
・これらの動きを裏付けるように、ジャンクフード的なファーストフード店の売り上げが劇的に減り始めています。(ex:牛丼のY屋、M屋、ハンバーガーのMナルド)
②医療・薬
次に医療です。『医者に殺されない~』などの本が流行ったり、ネットやツイッターでの医療や薬に関する真実の流布など、医療不信はものすごく高まっています。
これまでは医者の診断や処方が絶対で、患者はそれに従うだけでしたが、医療においても、人々が自分で考え始めたということを意味しています。
次の段階は、治療方法も患者が自分で考えて選択する。例えば、ガンが発見された場合でも、治療するか否か?治療するとすればどういう治療法をとるか?は、医者と患者がすり合わせて、患者の意思が強ければそれを尊重した方がいい・・・という方向に向かっていくのではないでしょうか?今後ますます医者不信が高まるので、クレーム対応が病院にとっても重要な経営課題となります、患者が治療法を選択するという方式を採れば、医者に対するクレームも防げるでしょう。
【自考志向・情報の自給】
①教育
教育についても医療と同じような構図があります。既存大学への不信増大です。かっては東大卒であれば、黙っていても権威がありましたが、勉強ができても仕事ができなければどうしょうもないということがよく分かってきたからです。
 使えない東大生が急増中!?社会で東大卒が通用しないワケ
 「英語はできるが仕事ができない」社員が急増!!
教育の先端にある塾の世界においても大きな変化がみられます。いままで知識を詰め込み、受験に勝っていい大学へということが、主目的でした。しかし、単なる受験勉強では役に立たないことが明白になり、自考型教育へ転換している塾が増えています。
塾ナビリンク上位10社の指導方針を調べてみました。結果、10社中4社が自考力、自ら学ぶ、自ら考え、自ら考える力などを教育方針として打ち出しています。
自給期待に応える学習塾の動向(10社中4社が自考力を打ち出し)
 %E3%82%B0%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%97img2.jpg 写真は
 学校もみんなで追求するグループ学習へ(リンク
からお借りしました)
これらの動きは、既存の価値観ではもう将来に対応できない⇒子どもにとって、どうしたら役に立つ本物の力が身につくかを探る動きです。
この動きは、他の一般企業における人材育成や体制問題とも共通する課題(期待)であり、限られた業界に限らない普遍的な動きと言えます。

②ブログやツイッター
10年くらい前まで、情報はマスコミから与えられるものでしたが、今では素人の発信主体が増えています。有益な情報が、素人から発信されることもしばしばあります。利権の絡みのない素人の現場の発信こそ信頼される土壌もあります。
【節約志向など】
・必要ないものは買わないという意識。いままでの「欲しいモノを買う」というこれまでの消費マインドは、「必要なものしか買わない」という意識に急速に転換しつつあります。(車の販売台数減やブランド品離れ)
・プア充:あくせく働くのではなく、会社に縛られずにそこそこ働き、お金はなくても生活を充足させたほうがいいという意識潮流が出現しています。
このように、農であれ食であれ、医療・教育でも、教育・情報、でも自給期待は自分で考え切り開いていく自考力期待へと向かっています。特に顕著で先行しているのが、自分の体を守る農/食/医、そして今後を担う若者への期待(→教育や人材育成の分野)のようです。
●自給期待の共認圧力が生起した
上記の動きを見ると、自給期待が大きな潮流になって社会的圧力を形成し始めているのが分かります。
ここで自給期待が顕在化してきた経緯を、もう一度振り返ってみたいと思います。

1970年に豊かさが実現されて以降、過剰刺激に対する本能の拒否反応から、自然志向(ヒッピー、環境運動)、90年健康志向(スポーツジム、サプリメントブーム)、02年節約志向(エコ、もったいない)と、より本源的・根本的なものへ回帰していく潮流が形成されてきました。
そして、健康や環境に限らず、経済や産業、組織、家庭のあり方など、どんな分野でも目先的な方法から脱却し、深く根本を見つめ直す意識が顕在化しています。このような意識の変化こそが「自給期待」なのです。
ですから、この最先端の期待にどう応え、実現していくかが今後最も重要な課題になるでしょう。  

自給期待と日本の近未来3 ~否定から実現へのパラダイム転換~ より
このように自給期待を生み出しているのは、人々の本源回帰です。それは、現在の国家と市場社会を超え、より根源的な次元を見つめ直す動きです。身近な健康とか家庭を超え、経済や産業、社会のあり方に及ぶこととなります。
本源回帰は、集団や社会(みんな)への深い探索意識を内包していると言えます。それが、単なるハウツーでは飽き足らず、より突っ込んだ追求を生み出しているのではないでしょうか?
一方で冒頭のように、現体制である市場と国家の崩壊現象はますます酷くなるばかりで、生き残り闘争とも言うべき状況が生まれつつあります。この現象からも、どうしたらいい?という答え欠乏は高まっていきます。
この本源回帰⇒答え欠乏は、現在の私権体制、市場と国家体制を突き抜けて、根本からの見直しを迫り、一気に社会統合期待を高めています。その突破口として「自給期待」への共認圧力が高まっているのです。
近い将来、その期待を受けた若者の成長、そして市場破綻により共認圧力が更に高まった時、この自給期待の共認圧力に沿わないものは、個々の人間であれ国家体制であれ何であれダイナミックな淘汰圧力を受けることになるでしょう。
★今回、自給期待の共認圧力がついに生起したことについて書いてみました。では、この共認圧力の収束先はどこに向かうのでしょうか?
社会を変えて行くには、まずこの現実世界を動かしている力の構造を掴む必要があります。次にその力の構造をさらに根底から覆していく実現基盤を発掘しなければなりません。
現実には、大衆が生み出す自給期待の生み出す圧力の大きさと、現在の私権社会を動かしている支配層の動きとの綱引きになると思います。次回以降、そこをさぐっていきたいと思います。

List    投稿者 ihiro | 2013-11-17 | Posted in 未分類 | No Comments » 

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