2015年06月09日

アジア独立運動を裏で支えた玄洋社~玄洋社・杉山茂丸の末裔の方の回想録より

先の投稿では、戦前の日本には北進派と南進派があり、北進派には裏天皇が、南進派は天皇がその錦の御旗であったという説を紹介した。

しかし、北進派も一色ではなかったようだ。

以下は北進派の一端を担った、玄洋社の実質オーナーだったといわれる杉山茂丸の末裔の方が書かれた回想録の転載である。

 

・論旨をまとめると

西洋列強を前に日本は「日本によるアジア植民地化推進派」と「日本によるアジア独立運動支援派」にわかれており、玄洋社は「アジア独立運動支援派」であったが、日露戦争勝利によって「日本によるアジア植民地化推進派」が持ち上げられてから、日本は歪んでいった。

ということである。

また水戸藩の勤皇開国派の流れを汲む杉山家はユダヤとのパイプを持ち、ロシアへの防波堤として「ユダヤ人の満州移転」を支援したようだ。ところが、「日本によるアジア植民地化推進派」はその約束を反古にした。それがユダヤの反感を買い、アメリカとの戦争に発展していったという。(リンク

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  投稿者 mamoru | 2015-06-09 | Posted in 01.どうする?マスコミ支配1 Comment »