2013年05月14日

米国の圧力と戦後日本史23~米国に抗いきれず、ことごとく潰されていった世襲政権~

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徹底した従米路線を取った小泉純一郎
  
2001年4月、小泉純一郎が自民党総裁に選出された。
 
彼は、聖域無き構造改革という名の元、郵政民営化を通じて米国債を60兆円も買い支え、独占禁止法の強化による談合防止、会社法改正による日本資本の買収、法科化大学院設立による訴訟社会への転換等、徹底した従米路線を進めていった。特に郵政民営化に代表される道路公団・石油公団・住宅金融公庫・交通営団など特殊法人の民営化は、自民党内族議員の力を衰退させていく結果となった。
  
米国に引っ掻き回されて混乱した自民党では立直しの必要が出てくる。そこで、自民党はかつて絶大な権力を誇っていた岸信介の孫である安部晋三を自民党総裁に担ぎ上げることにした。安部晋三は、かつて昭和の妖怪と言われた岸信介の孫であり、その特権の殆ど全てを継承している。つまり、そこら辺の議員とは力の基盤が大きく違う、いわゆる世襲議員である。
 
安部を含めた世襲議員はこの後3代続くことになるが、何故、ここで世襲議員が3代も続いたのか?
当時の状況から探っていこうと思う。

(さらに…)

  投稿者 mtr919 | 2013-05-14 | Posted in 未分類 | No Comments »