2019年12月26日
明治初期、黎明期の教育制度。地方の実体を反映した柔軟な「教育令」から中央集権による強力な「学校令」へ
現代の教育制度は明治時代に作られました。
その目的は欧米列強に追いつく「豊かな国家」「強い軍隊」を作る為の制度です。
一糸乱れぬ従順な兵隊を作る為に考え出された、全国一律の学校制度と教育方針。
これまで庶民の教育は、読み書きそろばんを教える「寺子屋」な担っていました。
寺子屋は完全な私学であり、地域の実情に合った教育が行われていました。
果たして全国一律の学校制度、「学制」は当時の庶民、特に農村の実態とは合わず、猛反発を受けます。
明治政府は強力な指導力で改革を推進した!と思われがちですが、
教育制度はそのような庶民の反発を受け、柔軟かつ漸進的な改革に切り替わりました。
当時はまだ政府の力も弱く、なにより江戸時代に培われた地方自治の色合いが強く残っていたものと思われます。
現代に至る学校制度、その黎明期の様子を、「BUSHOO!JAPAN」さんの記事を抜粋引用しながら紹介したいと思います。リンク
