2019年03月29日

元号とは、時の帝王が「空間のみならず、時代・時間をも支配する」事を意味する。

来月には新元号が発表され、新たな天皇が即位します。巷では新元号が何になるかが大きな関心事です。
古代中国にその起源を持つ「元号」は、かつては朝鮮やべトナムなど、中国の影響圏にある東アジア諸国で使われていましたが、王朝が消滅した現在、公式に元号を用いているのは日本だけです。
そもそも「元号」とは何なのか。そして改元にはどんな意義があるでしょうか。

にほんブログ村 政治ブログへ

現在の様に、「一世一元」、つまり一人の天皇在位中は一つの元号という制度が定められたのは明治からです。
それ以前は一人の天皇が複数の元号を使う事も珍しくありません。
また改元の時期や理由も、「災害が続いているので」とか「内戦や政争が落ち着いたので」等、時の支配者が前時代の負の遺産をリセットし、心機一転を図る場合に行われたようです。

「元号」とは、今が自らの時代である事を宣言する支配者の象徴であり、己の意志で前時代を洗い流すこともできる。これが「改元」。
それは時の帝王が「空間のみならず時間も支配する」という意志の表れです。

以下、「note」さんの記事を紹介します。リンク

【改元の多様性と元号の一般化 元号の成り立ち】

・「元号」の成り立ち
元号は、中国の王朝である「前漢」の武帝が、紀元前115年頃に、自らの治世の当初に遡って「建元」という元号を定めたのが最初と言われています。
ちなみに、日本で最初の公な元号は、645年、孝徳天皇の即位と共に定められた「大化」です。※「大化の改新」は大化元年に始まっています。
この時期に元号を公に使い始めたのは、大化の改新のコンセプトでもある「中国にならった中央集権化」の一環であると考えられています。

そもそも、元号を定めることは、
「空間のみならず時間も支配する」
ということを意味するので、日本における中央集権体制の確立の過程で元号を定めるようになったのはごく自然な流れと言えるでしょう。

(中略)

 元号が他の暦法と違うところは、「改元」があるため、西暦やイスラム歴、皇紀と違って元号単体での永続性がない部分です
これは、先述の通り元号は「時間を支配する」という概念から定められているものなので、「在位中に変えるのも自由」ということですね
明治以降は一世一元の制により、元号は天皇陛下の代替わりでしか変わりませんが、それより前は改元はもっと様々な理由で行われていました。

(後略)

以上引用終わり

明治以降は、天皇が在位中に好き勝手に元号を変える事は出来なくなりましたが、この「時間の支配」という概念が無くなったかというと、そうとも言えません。
見方を変えれば、むしろ鮮明になったともいえます。

例えば、一世一元が定着した明治以降、天皇は崩御するとその名に元号が冠せられます。
例えば「明治天皇」とか「昭和天皇」とか。。。
元号は時代の名前であると同時に、個人の名前でもあるのです。

そう考えると、元号や改元は「一人の帝王がその時代を象徴する」という、現代世界において極めて特殊な制度であると言えます。
「時間を支配する」とは、非常に妙を得た表現です。

実際日本人は、「元号」にその時代と自分の人生を重ね、同一視する事で、過去を振り返る基準とします。
近代以降も、「元号」が「西暦」よりもどこかしっくりくるのは、支配者層の思惑だけでなく、こうした日本人特有の意識もまた深くつながっていると言えそうです。

(by:yamakow)

 

List    投稿者 nihon | 2019-03-29 | Posted in 04.日本の政治構造, 10.日本の時事問題No Comments » 

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2019/03/8701.html/trackback


Comment



Comment


*