2013年04月19日

新概念を学ぶ10~樹上逃避によって自然圧力と種間闘争圧力を克服した原猿

これまで『実現論』「前史ハ.哺乳類(原モグラ)時代の性闘争本能」から、人類の活力源や統合原理にも繋がる重要な認識が存在する、ということを明らかにしてきました。
その答え(ヒント)は、人類の進化過程にあるはずで、そのためには、人類進化の前提であるサルの進化過程や、その前にある哺乳類の進化過程を押さえる必要があります。
そこで今回は、サル以前の哺乳類、原モグラが当時の環境のなかでどのような進化の過程を経ていったかをみていきます。

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実現論:前史 ニ.サル時代の同類闘争と共認機能 より引用します。

他方、同じ原モグラから出発して樹上に逃避の場を求め、樹上機能(後ろ足の指で手と同じ様に枝を掴める)を発達させて遂に樹上で棲息するに至った原猿は、大きな可能性を獲得すると同時に、大変な問題に直面することになる。まず、樹上には外敵が殆どいない。その上、樹上には栄養価の高い果実や木の実が沢山ある。従って、陸・海・空とは別の樹上という第四の世界をほぼ独占した原猿たちは、最高の防衛力と生産力を手に入れたことになり、忽ち森林という森林を埋め尽くして(その食糧限界まで)繁殖していった。

原猿が誕生したのは約5500万年前、アジアから北米大陸へ大量の齧歯類が上陸し、縄張りを追われた原モグラが樹上逃避したのがはじまりと推察されます。手足の親指が対向し、木の枝をつかめる機能を獲得したカルポレステス(果実を食べる人)が登場したのがこの頃です。
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写真はこちらからお借りしました。
当時は地球規模の温暖化の時期であり、世界中の大陸に巨木の森が広がりました。広葉樹(被子植物)は枝を広く張り出しその森では木々の枝が重なり合い、現代の熱帯雨林のような密集した森となります。これが原猿の生活の場となる樹冠をつくりだし、果実や木の実などの豊富な食料を提供しました。樹冠は基本的に地上と切り離された生活ができる場所です。樹上で食料を確保し、そこで眠り、餌がなくなれば枝を伝って森を移動し、外敵の多い危険な地上にはできるだけ降りない。それは、弱者にとって格好の生活空間でした。
 
それでは原猿が誕生し、樹上でその生活を展開していく過程を整理していきます。
 
【1】6500万年前 大型爬虫類(恐竜)の絶滅⇒哺乳類の第一次適応放散
この時代の地球は隕石の衝突によって急激に寒冷化が進んでいきます。大型爬虫類は絶滅し、地球に大きな変化が起こっていました。小型爬虫類や猛禽類や初期肉食獣は個体数が増加し、繁殖していきましたが、この環境は(相手が10m級の大型爬虫類であるが故に、体長10~20cmのモグラは充分に「隠れ棲む」ことができたが、相手が小型爬虫類や肉食獣になると)原モグラ類にとっては、大型爬虫類の時代以上に危険な生存状態となりました。 
小型爬虫類等を対象とする種間闘争圧力によって、哺乳類は第一次適応放散を遂げたのです。この危機的状況、自然環境の変化による大型爬虫類の絶滅のなかで、モグラ類は急速かつ多様な適応放散を遂げていったと言えるでしょう。
ここでは白亜紀中期に現れた有胎盤類のうち、現生の哺乳類のグループがポツポツと現れ始めます。
異節目(アリクイ目)、食虫目(モグラ目)、霊長目(サル目)、翼手目(コウモリ目)、管歯目(ツチブタ目)、ハネジネズミ目が現れていたと考えられており、恐竜が滅びる以前から哺乳類の適応放散が徐々に始まっていました。
『アニマル雑貨けもの屋さん』「白亜紀の哺乳類と、その後に現れる哺乳類の関係図」http://kemonoyasan.web.fc2.com/at0alls01Cretaceous.html
それらの中で、樹上逃避した種プレシアダピス類も登場していますが、この段階では、まだ(手足の指で枝を掴める)樹上機能は獲得していません。
 
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画像はこちらからお借りしました 
6500万年前、この時代の生物たちは「隕石衝突」という大変大きな自然の圧力の中で大量絶滅や適応放散をしていったのでしょう。
 
【2】5500年前~ 温暖化と第二次適応放散による原猿の登場
5500万年前、地球では前時代とは逆に温暖化がはじまります。この温暖化は1万年で水温が10度上がるものだったと言われています。そして、この温暖化によって低緯度地域で樹冠(隣同士の木の枝が重なっている場所)が出現し、同時期に哺乳類の第二次適応放散が始まります。
まず温暖化によって、大きな牙で植物を掘り起こして食べる草食動物が特に繁栄し、草食動物をエサにする肉食動物も大型のものが現われました。それら大型の肉食動物による強大な生存圧力によって哺乳類の種類は爆発的に増えたのです。
また、陸地では生存競争が激しくなり、中生代や第三紀暁新世に現われた古いタイプの哺乳類のグループが衰退を始め、また、新しいニッチを求めてクジラ類が水温の上昇した海へ進出し始めます。
 
『アニマル雑貨けもの屋さん』「第三紀・始新世(前期~中期)の哺乳類 」http://kemonoyasan.web.fc2.com/at0alls01_Cenozoic01b.html
 
加えて、この哺乳類間の種間闘争圧力上昇→哺乳類の第二次適応放散の中で、(手足の指で枝を掴める)樹上機能を獲得した原猿が登場します。
 
それは5500万年前には北米で真霊長類カルポレステス(果実を食べる人)です。当時は針葉樹が中心で、少なく小さい広葉樹の果実を食べて生活いましたが、彼らは北米で繁殖したげっ歯類らによって、地上の生活を追い詰められ、樹上逃避の道を選択したのです。  
【3】5000万年前 樹冠が高緯度地域まで進出し、地球が緑の星に
この時期、温暖化によって樹冠が地球全体に広がりました。樹上に逃避の場を求め、樹上機能(手足の指で枝を掴める)を発達させて遂に木の上で棲息するに至った原猿は、大きな可能性を獲得したのです。
広域に広がった樹上には外敵が殆どいません。その上、樹上には他の種に邪魔されない栄養価の高い果実や木の実が沢山あります。陸・海・空とは別の樹上という第四の世界をほぼ独占した原猿たちは、最高の防衛力と生産力を手に入れたことになり、忽ち森林という森林を埋め尽くして(その食糧限界まで)繁殖していきました。
参考『るいネット』「外圧適応態」http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=3996
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どうでしょうか。
猿の拡散、進化過程にも紆余曲折があり、驚きの連続です。樹上逃避した猿達は、楽園である樹上世界で豊富な食料を手にし、繁殖していったのです。
こうした一連の流れはまさに外圧に対する適応がもたらした変化であり、度重なる外圧適応によって原猿は登場してきたのです。
進化の各過程においてどんな圧力がかかっているかをまとめると以下のようになるのではないでしょうか。
 
1.まず大変化の初期段階では、「自然圧力」が主圧力となる。 
自然環境の大変化により生物の機能が停止する危機=絶滅の危機に瀕しているわけで、この段階の種(あるいは個体)にかかる外圧は、自然圧力>>種間圧力>個間圧力であり、生物にとって対自然闘争に勝つことが第一義的な意味を持つ。  
 
2.中期段階では、「他の生物との種間圧力」が主圧力となる。
自然環境の激動に適応した複数の種は新しいニッチを巡って競争関係に入る。自然圧力に一定適応している(外圧が下がる)ため、種間圧力>自然圧力>個間圧力であり、種の違いとは機能や形態が違うわけで、その種内の個体間の闘争の生み出す圧力など問題にならない。むしろ個体間の闘争が激化すれば、他の種によって滅ぼされる危険性すらある。つまり、この種間闘争は種の滅亡を伴うほどの競争圧力を生み出すのであって、個体間の闘争によって生み出される圧力よりはるかに大きい。
 従って、ここでの適応戦略は、さまざまな可能性戦略を生み出し、進化の方向性を決めるほどの大戦略となるだろう。
 
3.後期段階、特にサルについては「同じ種内の個間圧力」 が主圧力となる。   
他種との共存あるいは競争の決着によってその種間の圧力が一気に下がった状態(自然圧力の低下及び種間圧力の低下=外圧低下)、その種にとって安定的な状態。ただし、無圧力状態になるわけではなく、それまで抑えられていた個間闘争圧力が上昇する。つまり、個間闘争圧力>自然圧力・種間圧力。自然圧力と種間圧力は種間闘争をどのような戦略で突破した種がどのような状態であるかによって強弱が違ってくる。この個間闘争には捕食闘争と性闘争(性淘汰)が考えられるが、外圧が極めて低いという段階での餌の奪い合いはほとんど意味をなさないので、この個間闘争の中でも性闘争の圧力が主圧力になると考えられる。
  
次回は、さらに進化を進めてきた猿についてその後の時代を生き抜いた様子をみていきます。

List    投稿者 GO-MITU | 2013-04-19 | Posted in 13.認識論・科学論No Comments » 

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