- 日本を守るのに右も左もない - http://blog.nihon-syakai.net/blog -

天皇制国家の源流6 朝鮮の支配部族の源流

Posted By staff On 2012年10月31日 @ 11:03 PM In 04.日本の政治構造 | 16 Comments

%E5%8C%97%E6%96%B9%E3%83%A2~1.JPG
「天皇制国家の源流5~北方の扶余族(高句麗・百済)に追われて逃げた倭人勢力(=加耶)が第一期大和朝廷~」 [1]では、次のことを明らかにしました。
紀元前5~4世紀、中国戦国時代に滅んだ呉人(→韓人)、越人(→倭人)が朝鮮半島に流れ着き、農耕部族連合を形成した。
韓=朝鮮半島、倭=日本列島という地域別の捉え方は間違いで、韓人も倭人も、共に春秋戦国時代の戦いに敗れた江南地方の敗残者である。
そして、南下してきた遊牧騎馬部族である扶余族(高句麗・百済)に追われて日本列島(畿内)まで逃げ延びた倭人勢力(=伽耶)が第一期大和朝廷をつくった。

今回は、朝鮮半島の倭人勢力(=伽耶)を追い詰めた遊牧騎馬勢力(百済・高句麗・新羅)の出自を明らかにしたい。
いつも応援ありがとうございます。


『るいネット』「北方モンゴロイドの拡散(ツングース族、モンゴル族、トルコ族の起源)」 [2]
「先史東アジアの部族移動と日本人の起源2」 [3]によると、朝鮮を支配した遊牧騎馬民族の起源は次の通りである。
5万年前→2.1万年前には極寒化が進行し、人類は壊滅危機にさらされ、極度に人口が減少して、小集団のまばらな「島」に分割されてしまう。
2.1万→1.4万年前に寒気がゆるむと、この各「島」の集団は、それぞれ再膨張を始め、1.3万年前の高温期で、大きく人口爆発するが、この直後に再び急な「冷え戻り」が起き、膨張した各集団はまた危機に直面する。より住みやすい土地を求めて、大規模な「民族移動」が繰り返された。
北アジアでは急な「冷え戻り」からアルタイ系3祖族【トルコ祖族】【モンゴル祖族】【ツングース祖族】が放散した。いわゆる新モンゴロイドである。彼らの「原郷」は南シベリア-モンゴル高原あたりであり、垂直的な上天信仰、きびしい自然と調和するためのシャーマニズム、また熊神崇拝・冬祀り・父系氏族社会などの文化的特徴を備える。
【トルコ祖族】
「原郷」から西へ放散した集団で、早くから、肉体的にも文化的にも印欧祖族(=アーリア族)と混融を起こした。その後、彼らの「馬と金属の文化」の世界史を席巻する。彼らの直系の子孫はアジア内陸から地中海にまで広がるトルコ系諸族の他、東欧・ロシア・華北中国人などにもこの血統が入っている。
【モンゴル祖族】
「原郷」中央から南へかけ展開した集団で、東-中央アジアの広域に拡散した。北方では騎馬遊牧、中国に南下した集団は農耕民となった。
【ツングース祖族】
「原郷」から東へ放散した集団で、長く狩猟文化を維持したが、その後「馬とトナカイ」を飼い慣らすようになった。モンゴル系とは混じり合い、その境目がはっきりしないが、シベリア-旧満州-朝鮮半島の諸民族の源流となった。
紀元前4000~2000ごろ、南シベリア~モンゴル高原あたりで「アルタイ系3祖族」、西のトルコ族、中央のモンゴル族、東のツングース族の放散が起こった。
紀元前一千年紀に入ると、これら大陸諸族の遊動が激しくなり、華北では大動乱が繰り返される。そのたび大量の流亡民が、山東半島(斉)や朝鮮半島(衛氏朝鮮や馬韓を形成)になだれ込んだ。
紀元前一千年紀の後半には、朝鮮半島に2つの強大な勢力が入ってくる。①旧満州から南侵した扶余族(ツングース系)と、②秦に追われて華北から逃れてきた秦亡民(主力はモンゴル系)である。
①扶余族は、扶余・高句麗を建国した他、馬韓(のちの百済)でも盟主の地位(辰王)を押さえた。「天から霊峰への王祖降臨」は彼らの建国神話である。
②秦に追われてきた民は、もとは斉・趙・燕らの民で、辰韓(のちの新羅)に移住した。流動性が強い集団で、西域民の混入もあり先進的な金属文化を知っていた。「三種の神器信仰」やスキタイ型の「冬至神話」は彼らが伝えたものである。
②秦亡民(主力はモンゴル系)が①扶余王家(ツングース系)に服属する形で支配層を形成し、③呉越系の平民(韓人・倭人)を支配した。
つまり、
馬韓(後の百済)ではツングース系の扶余族が呉越系の韓人・倭人を直接支配し、
弁韓(後の伽耶)では扶余族が韓倭農耕連合を服属させ、
辰韓(後の新羅)では秦に追われたモンゴル系部族がツングース系の扶余族に服属しながら、韓人・倭人を支配していた。
これが、古代朝鮮の支配構造である。

これら「南韓混成集団」が、何波にも渡ってと列島へ渡来し、先住集団(縄文人や弥生人=呉越人)を取り込んだり蹴散らしたりしながら、「日本」の原核をつくっていった。


Article printed from 日本を守るのに右も左もない: http://blog.nihon-syakai.net/blog

URL to article: http://blog.nihon-syakai.net/blog/2012/10/2395.html

URLs in this post:

[1] 「天皇制国家の源流5~北方の扶余族(高句麗・百済)に追われて逃げた倭人勢力(=加耶)が第一期大和朝廷~」: http://web.trend-review.net/blog/2012/10/002390.html#more

[2] 『るいネット』「北方モンゴロイドの拡散(ツングース族、モンゴル族、トルコ族の起源)」: http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=242119

[3] 「先史東アジアの部族移動と日本人の起源2」: http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=242198

Copyright © 2014 日本を守るのに右も左もない. All rights reserved.