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ルネサンスの科学(魔術)8 ~人間(金貸し)が支配する現実世界と神(教会)が支配する信仰世界を線引きした、1500年代ルネサンスの自然魔術~

前回「ルネサンスの科学(魔術)7~要素限定主義的近代医学の原点~」では、パラケルスス主義と云われる学派について、自然の摂理に反するものであっても如何にして効率的・即効的に病気・戦傷を治すかということが全てとし、それに応える医学として近代的な病気観(要素限定主義)が選択されていったのではないかと考えられる。
  
引き続き、今回は山本義隆氏の『磁力と重力の発見2』から「第十五章 後期ルネサンスの魔術思想とその変貌」を引用しながら、魔術思想のにおける変遷を見ていきます。
 
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1.魔術思想の脱神秘化
1400年代ルネサンスに復活した魔術思想は、1500年代にはいると変貌をとげてゆく。その方向性は、実はすでに13世紀にロジャー・ベーコンによって示唆されていた。
西洋において魔術は古代以来廃れたことはない。
しかし中世キリスト教世界では「魔術」と「異端」は事実上同義であり、魔術は教会権力の許容しえぬものであった。
とはいえ、カトリック自体が「魔術」と紙一重であり、聖書に記述されている事実だけ取り出せば「魔術」と区別はない。
つまりそれらは、キリストやモーセや聖人たちがおこなったとされるからこそ「奇蹟」なのであって、異教徒の手になるのであれば間違い無く「魔術」と見なされたであろう。聖職者と魔術師の差は実現できると主張している効果が何であるかではなく、むしろ彼らの社会的地位、権威で決まったともいえる。
だとすれば、魔術が異端であり異教のものであるというのは、一種の同義反復ということになる。
  
しかし自然は内在的な法則に支配されているということになると、奇蹟と魔術が一挙に相対化されてしまう。このことにいちはやく気付いたのはロジャー・ベーコンであった。
 
アリストテレスの合理的自然学を受け入れて経験学を提唱したベーコンは、自然界に見られるある不思議な事実にたいして「魔術師たちはさまざまな呪文を唱えてこれを実現してみせ、呪文の力によってこのことが起こると信じている。しかし、私は呪文を信じず、自然の驚くべき働きが鉄にたいする磁石の動きと類似であることを見いだした」と指摘してのけた。
 
ベーコンの経験学は、異教的で邪悪な力を利用する「魔術」をこのように無知にもとづく迷妄と宣言し、あることが「奇蹟」に見えるのは経験の欠如による無知の結果であり、呪術的な「魔術」はもとより、超自然現象という意味での「奇蹟」もありえないのである。  
15世紀にピコやフィチーノが魔術を復活させたとき、彼らはその魔術が、象徴(図像)や呪文(言葉)のもつとされる超越的な力をもちうる儀礼魔術ないしダイモン魔術に対置される自然に内在する力のみに依拠した「自然魔術」であることを強調した。
その区別にのっとれば、ベーコン自身は「自然魔術」という言葉は使っていないものの、ベーコンの言わんとするところは、魔術としては厳密な意味での「自然魔術」だけが可能だというこのになるだろう。そして15世紀から16世紀への時代の移りかわりの中で、このベーコンの立場が次第に力を増してゆくことになる。   
実はアグリッパは1510年頃にその「オカルト哲学」を書き上げていたのであるが、その時点では出版を見合わせている。その色濃い神秘主義や異教的要素が異端として見られるのを危惧したからであろうか。そして、彼が「オカルト哲学」を実際に出版したのは1533年であるが、その三年前に彼は「諸学の空しさと不確かさについて」を上梓し、魔術の一部-ダイモン魔術にかかわる部分-を否定し撤回している。実際には直後に「オカルト哲学」を公表しているのであるからアグリッパの真意が那辺にあったのかはよくわからないが、一説には「諸学の空しさ」事前の出版は「オカルト哲学」が異端の嫌疑を受けた場合の予防処置ではなかったかとも言われている。
   
一方で、アグリッパは「魔術は自然に反することなく、ただ単に自然の働きを予見し手助けするにすぎない」と語ることによって、魔術における自然の役割を強調し、魔術思想の根底にある神秘的な世界観や哲学を脇に追いやっている。
言い換えれば、もともとアグリッパにあってはダイモン魔術や数学的魔術の下位に位置づけられ、もっとも低級なものとされていた「自然魔術」が、この時点では中心的なものとして前面に押し出されてきたのである。

 
十字軍~ルネサンス期にかけて自我を肥大させた西洋人は1400年代から魔術の力によって神に成り代わろうとした。その時代の魔術はダイモン(悪霊)の力を借りて人間の欲望を実現しようとするダイモン魔術であった。
ところが1500年代になるとダイモン魔術から、自然の内在的な力や法則を発見し使役するという自然魔術に変わった。
何故、ダイモン魔術から自然魔術に変わったのか?
神の敵対者であるダイモン(悪霊)の力を借りて自然を支配することは、神に対する冒涜に当たる。キリスト教の絶対神信仰と自然を支配するための魔術は矛盾するという壁にぶつかった1500年代のルネサンス人(金貸しとエリート)が、両者の折り合いをつけるために考え出した理屈が自然魔術であろう。
ダイモン(悪霊)の力を借りずに、自然の内在的な法則を支配する自然魔術であれば、キリスト教の絶対神信仰と矛盾しない(神への冒涜に当たらない)からである。
つまり、魔術と絶対神信仰の矛盾・対立に折り合いをつけるために、ダイモン魔術から自然魔術に変わったのだと考えられる。

2.ピエトロ・ポンポナッツィとレジナルド・スコット
 
魔術が自然魔術であるかぎり自然に反しないこと、自然の内在的な力と法則に支配されていることの強調こそが、1500年代ルネサンスにおける魔術思想を特徴づけるものである。
その著しい例を私たちは、16世紀前半のイタリアの哲学者ピエトロ・ポンポナッツィとその世紀後半のイギリス人レジナルド・スコットに見ることになる。
 
マントヴァの貴族の家に生まれたポンポナッツィは、パドヴァで医学を学び、その後、パドヴァ、フェラーラ、ボローニャの各大学で哲学を講じたアカデミックな哲学者である。
 
彼の思想的系譜については、人間中心の思想を語っており、その意味においてやはりルネサンスの哲学者であった。
しかし、ポンポナッツィは「ルネサンス北イタリアに興った新しいアリストテレス主義者の代表」とも「ルネサンス・アリストテレス主義はポンポナッツィおいて頂点に達した」とも言われるように、彼の哲学はアリストテレスそしてその注釈家アレクサンドロスとアヴェロエスにもとづくもので、この点ではフィチーノたちの1400年代ルネサンスの思想家とその学問上の出生をはっきり異にしている。
実際、ポンポナッツィは、霊魂の不滅や超自然的な奇蹟を信じない合理主義者であった。ポンポナッツィは生の目的と理想を来世における救済にではなく、現世における徳の実現においたのである。
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啓示と哲学の矛盾に関するポンポナッツィの基本姿勢は二重真理説にあった。
つまり彼は、一方ではカトリック信仰の超越的な世界を信じているが、他方で哲学において教会の教義に意を介さず、学問にとっては神学的根拠を有し、哲学は神学たいして対等の位置を占め神学とは独立に論じうるというのが彼の基本的立場である。
「自然哲学者にとって真理に関する唯一の基準は合理性・経験・自然原理であるという徹底した自然主義」が彼の思想を特徴づけていた。
 
彼の魔術論は「自然の事象の原因について、あるいは魔術について」において展開されている。これは1520年頃に書かれたが、彼の生前は印刷されることなく、ようやく1556年にバーゼルで亡命プロテスタントの手によって出版された。
その中の主題は「その原因がわからないものをダイモンや天使のせいにするのが一般の人たちの慣わしである」こと、「すべての魔術は自然的原因に還元されうる」ということである。魔術と奇蹟にたいする超越的な説明を拒否し、自然に内在的な説明のみ受け入れる。
 
ただしそこで語られている「自然的原因」には、「あからさまな性質」によるもののとともに「隠れた力」がかれている。前者には熱・冷・乾・湿といった作用するものの性質の直接の作用のほかに、薬草の作用のような間接的な作用も含まれる。他方で、後者の「隠れた力」の顕著な例としては「感覚されない性質」によって作用する磁力その他が上げられている。
  
現在から見れば、これらの例のうち実際にその力を有しているのは磁石とシビレエイ、すなわち磁気と電気だけであるが、ともかくそれらの力は原因がわからないだけのことで、そこに超自然的なものはないという理解である。
というわけで、ポンポナッツィにとって「魔術」とは「医学や他の多くの科学と同様の、実用的で、自然哲学と占星術に依拠した真正の科学」ということである。
さらにこの他にポンポナッツィは「奇蹟」と言われるものにたいして、人間における「想像力」を心理的な「自然的原因」として想定する。彼によれば、伝えられている聖人の遺骨のような聖遺物による治療の実例は超自然的「奇蹟」なのではない。それは聖遺物であるという患者サイドの思い込みによって喚起された「自然力」としての「創造力」の作用だというのである。
 
他方でイギリス人プロテスタントのレジナルド・スコットは、1584年に「妖術の暴露」を発表し、理性と常識の立場からダイモン魔術を断固として否定し、悪魔と契約した魔女がおこなう妖術なるものが愚かな迷信であることを説き、教会権力による罪無き人々にたいする魔女狩りをきびしく非難したことで知られている。
  
こうして彼は「中世カトリックの教義にある魔術的要素を徹底的に洗い出し、その要素が当時の他の魔術的活動と共犯関係にあったことを示した」のである。
つまりポンポナッツィと同様に悪魔や天使の影響を否定することで「ほとんど無神論に等しい立場」に達していたと言えるが、スコットも「自然魔術」を認めていた。
磁石によって代表される自然物のあいだの「共感と反感」の関係は自然的作用として認めており、自然魔術は他ならぬその関係を読み取り操作する術であり、けっして超自然的なものではなかったのである。
こうして「奇蹟」と「魔術」をともに合理化しようとしてロジャー・ベーコンの先見は、科学革命直前の16世紀には「自然的原因にもとづく自然魔術」というという思想によって公然と語られるようになった。
  
しかしそのさい、「自然的原因」として持ち出されたのは、「共感と反感」という形で表される「隠れた力」への依存であった。
近代科学にいたるには、実験的論証と数学的推論の二つの方法の確立とともに、遠隔作用としての万有引力概念の獲得が決定的であった。
そして、これらの方法や概念が自然魔術の外から自然魔術に対立し、自然魔術を否定することによって形成されたというわけでは必ずしもない。
天体間にはたらく万有引力をニュートンが導入したとき、当時の人たちはそれを受け入れるにせよ拒否するにせよ、それを占星術的な影響と同列に見ていたのである。

魔術とキリスト教の折り合いの付け方が、引用文中の「二重真理説」である。すなわち、信仰世界の真理(絶対神)と現実世界の真理(自然魔術)を線引きすることである。
つまり、信仰世界の支配者は神であるが、現実世界の支配者は自然魔術によって自然を支配する人間であると解釈することによって、信仰世界(キリスト教)と現実世界(自然魔術)との折り合いを付けたのだと考えられる。

同時にそれは、それまで信仰世界だけでなく現実世界の頂点に君臨していたキリスト教会の支配領域を信仰世界に限定し、現実世界の支配権を金貸しが奪取することに成功したということを意味している。

3.魔術と実験的方法
 
こうして、魔術は自然法則に背馳するものではなく自然の理法に随順し自然の働きを人為的に促進させ所望の効果を実現させる術であるという自然主義的で技術的な魔術観が、16世紀後半には前面に押し出されていくことになる。
その際キーとなった概念が「隠れた性質」「隠れた力」「隠れた作用」という一連の表象であった。中世科学史の研究者クランビーによれば「不思議なことはダイモンの仕業でないときには自然のなかにある種のものに内在する隠れた力によって、すなわち自然魔術によって引き起こされる」とある。
つまりダイモン魔術と区別される自然魔術の実際は「隠れた力」の働きを経験的に研究し操作し使役する技術であった。
 
「隠れた力」にたいするこの理解は16世紀には単に魔術の研究者や哲学者だけではなく、実務に携わる技術者たちにも共有されていた。たとえば技術者ビリングッチョは磁石が鉄を引き寄せることは経験によって知られているが、その作用は五感で感じることが出来ない「隠れた力」であると言っている。
 
そして、中世からルネサンスに掛けて「経験」という自然研究の方法が根拠づけられたのはこの議論の延長上であった。クロンビーは実験や経験はそのような隠れた力を探るための手段としてとらえた。つまり、磁石であれ何であれ、事物の作用はそれがその事物の定義や原理から理論的に導きだされてはじめて学的に理解された。また、ペトレス・ペレグリヌズ、ロジャー・ベーコン、アグリッパはいずれも「根拠」や「原因」の探求の代用品として「経験」や「実験」を理解していた。
 
こうして、自然現象を第一原理から厳密に論証するスコラ的な「学知」と「魔術」の間に「経験や実験によって知られる隠れた力を操作する技」として「自然魔術」が置かれた。
このように帰納的観察ひいては実験という近代実証科学の方法は「隠れた力」を操作する「自然魔術」の方法として、過度に合理的なスコラ学に対置される形で、科学革命にさきがけて16世紀に登場した。

ただし、ここでの「経験(実験)」とは理論的仮説の検証とか法則の発見を目的としたものであるというよりはむしろ隠れた力を操作する技の有効性の確認あるいはそのハウツウの改良のためのものであり、その意味で近代科学の言う「実験」とは少々趣を異にしている。
 
磁力の能力はまさに「隠れた力」の典型であり、「自然魔術」における恰好の実験対象であった。

 
では、16世紀の西洋人が自我を肥大させたにもかかわらず、キリスト教の絶対神を畏れ、信仰を捨てることができなかったのは何故なのか?(このことは現代の西洋人にも当てはまる)
略奪闘争によって共同体を破壊して自我の塊となった西洋人であるが、人類は共認充足なしには生きられない。したがって西洋人は現実には存在しない「神」という架空観念を捏造することによって、共認充足を頭の中だけで再生しようとした。
『実現論』「ヘ.人類:極限時代の観念機能」 [1]
これが西洋人が、現在に至るもキリスト教の信仰を捨てることが出来ない理由である。

そうである以上、西洋世界を支配するためにはキリスト教は不可欠である。
そこでキリスト教会から現実世界の支配権を奪取した金貸しは、教会を信仰世界の支配者に限定し、大衆の共認支配に利用しようとした。
この支配様式に都合の良い自然認識が二重真理説である。
すなわち、信仰世界と現実世界を分離させ、「信仰世界の支配者は神、現実世界の支配者は人間」と線引きしたのである。そして、現実の自然世界からは霊的な存在は(神もダイモン=悪霊も)消え去り、ダイモン魔術から自然の内在的な力・法則を支配する自然魔術に変わっていったのである。

そして、この自然魔術が近代科学の母胎となってゆく。
次回以降、その過程を明らかにしてゆきます。

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