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人類社会の統合構造(共認原理or自我・私権原理)が自然認識を生み出している

これまで、「近代科学の成立過程」「ルネサンスの科学(魔術)」シリーズを追求してきて、改めて気づきがあったので投稿します。
近代科学は、一般に自然を虚心坦懐に眺めあるがままに記述するものとされている。
しかし現実には物理学は、複雑で多彩な自然を特定の立場から単純化・理想化し、更に特定の現象を捨象することから始まる。
例えば、近代物理学の法則とは、数学的処理になじむように人間が単純化し、理想化し、抽象化した現象の法則である。
無数の要素や力が複合的に絡み合って働いているのが現実の自然世界(宇宙の運動)であるが、近代科学者たちは、関係する要素や力をほんの数個に限定し、その他の要素を捨象した人工的な特殊限定空間で実験を繰り返してきた。そうしてできた科学法則は、現実には存在しない特殊空間(実験室)でのみ成立する限定的な法則にすぎない。
このように、近代科学は自然を支配するために都合よく作り上げられた観念体系にすぎない。
それは、どのようにして出来上がったか?
それを明らかにするために、改めて、人類の自然認識の歴史を遡る。
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●原始人類
人類の意識=脳回路は、哺乳類(原モグラ)時代に形成された本能の上に、サル時代に形成された共認機能が塗り重ねられ、その上に人類固有の観念機能が塗り重ねられて成り立っている。
その中でも、共認機能は周り(同類)の期待に応えることによって充足(安心や喜び)を得る回路で、サル・人類は、この周りの期待に応える充足=期応充足を最大の活力源にしている。そして、この期応充足を母胎にして、皆で状況を共認し、課題を共認し、役割や規範を共認することによって(=各々の意識をその共認内容に収束させることによって)意識を統合=秩序化し、集団を統合=秩序化し、社会を統合=秩序化してきた。
つまり、人類の統合原理は共認原理であった。
足の指が先祖返りして、それ以前の獣たちと同様、足で枝を掴むことが出来なくなり、樹上に棲めるという本能上の武器を失った原始人類は、残された共認機能を唯一の武器として、自然圧力・外敵圧力に対応し、そうすることによって、共認機能を更に著しく発達させた。
そして、原始人類は直面する過酷な現実対象=自然を凝視し続ける中で、元来は同類を対象とする共認機能を自然に対して作動させ、自然との期待・応望=共認を試みたのである。
そして遂に、感覚に映る自然(ex. 一本一本の木)の奥に、応望すべき相手=期待に応えてくれる相手=精霊を措定する(=見る)。
人類が万物の背後に見たこの精霊こそ、人類最初の観念であり、人類固有の観念機能の原点である。
このように、原始人類は元々は同類を対象とする統合原理である共認原理で以って自然世界を対象化し、精霊信仰(観念機能)を生み出したのである。
そこでは、自然も畏敬の対象であり、生命をいただく代わりに感謝の念を捧げていた。つまり、自然に対しても共認原理によって人類は適応しようとしていたのである。
本能では適応できなかったが故に共認機能に先端収束した共認動物、その最進化態である人類は、本能機能ではなく最先端機能である共認機能によって自然をも対象化するということなのであろう。
また、集団を原点とする共同体の成員にとって、個体は共同体と一体であり、従って共同体が存続する限り個体も再生し循環するものと捉えられていた。そして、個体の生も死も宇宙の循環サイクルと一体であり、時間も宇宙(自然対象)の循環サイクルと一体となって再生・循環するものと観じていた。
●牧畜の開始~守護神信仰
ところが、1万数千年前頃から人口が増大し始め、それに対応するために西洋では牧畜が始まり、そこでは去勢やアメとムチによって家畜は管理されるようになる。これは、家畜に対する私有意識の母胎であると同時に、家畜に対する支配意識の芽生えである。
牧畜で生まれた自然の摂理に反する支配意識こそ、近代科学に刻印されている自然支配視の源流である。
また、人口の増大につれて集団間の軋轢も増大してゆく。やがて、その緊張状況に対応して、人々は自集団を正当化する守護神信仰に強く収束してゆく。とりわけ、西アジアやヨーロッパなど自然環境が厳しい地域では、守護神信仰は、それによって自然を支配しようとする魔術の源流となってゆく。
ここでも、他集団に対して自集団を正当化する社会統合観念=守護神信仰が自然対象にも適用されている。
そして後に、精霊に命令して人間の要求を実現させる自然支配魔術が近代科学、とりわけ力概念(万有引力概念)の源流となってゆく。
●略奪集団古代ギリシア
そして遂に6000年前頃、乾燥と飢餓を契機として略奪闘争が開始され、玉突き的に世界中に伝播していった。貧しい西アジア~西洋の略奪闘争は皆殺しが常態となり、この略奪闘争によって共同体を破壊され、生き残った者たちは憎悪と警戒心の塊となり、自我(自己正当化と他者否定)の塊となる。
そんな者たちが生き延びる為に寄せ集めの新たな略奪集団を形成しては他部族を襲うという形で、数百年に亙って略奪闘争が繰り返された。そんな生き残りの末裔が略奪集団ギリシア人をはじめとする西洋人である。
しかし、共同体が破壊され、規範共認を喪失した以上、自我だけでは共認を形成できない。そこで彼らは、専ら自我に基づく人工的な架空観念に収束し、架空観念で共認を形成する。その架空観念の代表が古代ギリシアの「平等」や「民主制」である。
利益の山分けを求めて集まった略奪集団を統合するには「戦利品は平等に分配する」という約束事=契約が不可欠である。その平等分配契約が平等観念の原点であり、ギリシアの民主制もギャング集団の掟と全く同じである。
この私有権の共認を統合軸としてはじめて安定した秩序が形成される。
この私有権がいったん共認されると、社会の全ての土地と物財は私有の対象となり、人々は私有権を獲得しなければ生きていけなくなる。従って、誰もが私権(地位や財産)の獲得を目指して争うようになり、私権闘争の圧力が否も応もない強制圧力となって人々をその中に封じ込める。
こうして人類社会は私権原理に転換した。
その中心にあるのは「自我が全て」という西洋人に固有の意識の在り様であり、自我が私権と架空観念に収束することによって統合される構造である。

共同体を破壊し自我の塊となったギリシア人にとっては、集団ではなく個人が原点になる。その自我意識を自然観に投影して生まれた架空観念が原子論である。それは万物を自然界の原点たる単一均質の原子に還元し、多種多様な物質の違いを構成原子の形状・向き・配列の違いによって説明する機械論である。
このように、略奪集団ギリシアの社会構造(自我⇒私権原理と架空観念)が自然世界に適用され、それに基づいて自然認識が作り出されている。
●中世キリスト教社会
中世西洋では強固な身分序列体制によって大衆の自我・私権の拡大可能性が閉ざされた上に、大衆からの過酷な収奪によって、大衆の救い期待が強くなる、それに応えて登場したのがキリスト教であるが、現実世界には可能性が見いだせないが故に、現実否定の架空観念(神の国=あの世)に収束する。すなわち、キリスト教は神の国(あの世)における救済を唱え、地上の国(現実)を邪悪な世界と看做したのである。
ここでも、キリスト教(現実否定の架空観念)という社会統合観念が自然世界にも適用され、現実の自然世界全体が否定されている。
●十字軍遠征~近世ルネサンス~近代
11世紀に始まる十字軍遠征によって市場が拡大し、自我・私権の拡大可能性が広がる。それを受けて、13世紀のスコラ哲学者トマス・アクィナスは地上の国を肯定し始める。
トマスは、宇宙全体は、キリストを頂点とする段階的秩序(ヒエラルキー)を形成し、万物は有機的結合を構成していて、キリストの神秘的な身体である教会の成員は神の定めた身分秩序と役割にしたがって教会の目的実現に奉仕しているとする。
これは、教会を頂点とする序列秩序(ヒエラルキー)を自然界に適用した宇宙観であるが、同時にトマス・アクィナスは、市場拡大によって上昇した私益追求期待に応えて私権追求の現実をも肯定する。実際、彼らスコラ哲学派は(とりわけ教会の)私利私欲の追求や利息を肯定する。
ルネサンス以降、西欧人の自我はさらに暴走し始め、神に取って代わった人間が自然も支配しようとし始める。
それでも16世紀までの職人たちは自然に対する畏れを抱き人間の技術は自然に及ばないと考えていたが、17世紀の科学者たちは科学と技術で自然を支配することを露骨に宣言する。
その代表が「新しい自然科学は自然を観想的に理解するだけのものではなく、人間が自然を支配し自然力を使役するためのものでなければならない」とアジったフランシス・ベーコンであり、「実験とは自然に対する拷問であり、拷問によって自白させたのが『法則』である」と言って憚らないロバート・ボイルである。
ここでも、私利私欲の拡大可能性⇒市場原理とそれによって暴走した自我に基づいて、自然世界の認識が作り出されている。
●このように、西洋の自然科学は一貫して、自我⇒私権原理と架空観念という社会構造が作り出したものであり、私権を拡大するために自然から収奪するのに都合よく自然世界を対象化したものである。
その代表が冒頭に挙げた、現実には存在しない特殊空間(実験室)でのみ成立する限定的な科学法則である。
それは現代のビッグバン説や熱力学法則にも繋がっている。
個人(自我)を原点とする西欧人にとっては、生は一回限り(不可逆)のものであり、死は全ての終焉である。この西欧人の自我に基づく死生観を土台にして登場したのが、「宇宙も時間も不可逆(一回限り)でやがて終末を迎える」というキリスト教の特異な天地創造~終末論的宇宙観と時空認識であり、その延長に登場したのがビッグバン説や終末論的熱力学法則である。
●人類の社会統合の構造(原理)は大きくは2つしかない。共認原理と私権原理である。いずれにしても、元々は人間社会を統合する原理であるが、そのパラダイムを自然世界(対象)に適用したのが、人類の自然認識である。
このように、人類においては、社会の統合構造(共認原理or自我・私権原理)が自然認識を生み出しているのである。

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