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米国の圧力と戦後日本史1 従米派と自主派とのせめぎ合い

Twitterやブログなどでも評価が高い「戦後史の正体」(孫崎享)を先日通読しました。
戦後70年にわたって「アメリカからの圧力」に日本政府がどう対応したのか について、文献やアメリカ公文書などをベースに書かれています。
 
読後の印象としては、吉田茂を除く戦後直後の日本の政治家がアメリカからの圧力に必死に対抗してきた こと、一方で90年以降の政治化が、ことごとく従米一辺倒であったことが鮮明になりました。
 
言うまでもなく、日本の(外交)政策は「対アメリカ」を中心に進められてきました。ですから、政治家を分類する際も「右派か左派か」よりも「従米か脱米か」の方がはるかに重要な軸となります。私たちも、その軸で分析したことがありました。
 
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孫崎享氏は、その著作の中で「戦後の日本外交は、アメリカに対する『追随』路線と『自主』路線の戦いでした」と書いています。確かに日本とアメリカは切っては切れないものがあり、「アメリカに対してどういう態度を取るか」が日本外交を見る上で軸になることは間違いありません。
 
私たちも以前、戦後の首相を「従米派」と「自主派」とに分けて、系譜を作った事がありました。孫崎氏の著作ではどうなっているかというと・・・
 

(1)自主派(積極的に現状を変えようと米国に働きかけた人たち)
重光葵(降伏直後の軍事植民地化政策を阻止。のちに米軍完全撤退案を米国に示す)
石橋湛山(敗戦直後、膨大な米軍駐留経費の削減を求める)
芦田均(外相時代、米国に対し米軍の「有事駐留」案を示す)
岸信介(従属色の強い旧安保条約を改定。さらに米軍基地の治外法権を認めた行政協定の見直しも行おうと試みる)
鳩山一郎(対米自主路線をとなえ、米国が敵視するソ連との国交回復を実現)
佐藤栄作(ベトナム戦争で沖縄の米軍基地の価値が高まるなか、沖縄返還を実現)
田中角栄(米国の強い反対を押しきって、日中国交回復を実現)
福田赳夫(ASEAN外交を推進するなど、米国一辺倒でない外交を展開)
宮沢喜一(基本的に対米協調。しかしクリントン大統領に対しては対等以上の態度で交渉)
細川護煕(「樋口レポート」の作成を指示。「日米同盟」よりも「多角的安全保障」を重視)
鳩山由紀夫(「普天間基地の県外、国外への移設」と「東アジア共同体」を提唱)
 
(2)対米追随派(米国に従い、その信頼を得ることで国益を最大化しようとした人たち)
吉田茂(安全保障と経済の両面で、きわめて強い対米従属路線をとる)
池田勇人(安保闘争以降、安全保障問題を封印し、経済に特化)
三木武夫(米国が嫌った田中角栄を裁判で有罪にするため、特別な行動をとる)
中曽根康弘(安全保障面では「日本は不沈空母になる」発言、経済面ではプラザ合意で円高基調の土台を作る)
小泉純一郎(安全保障では自衛隊の海外派遣、経済では郵政民営化など制度の米国化推進)
他、海部俊樹、小渕恵三、森喜朗、安倍晋三、麻生太郎、菅直人、野田佳彦
 
(3)一部抵抗派(特定の問題について米国からの圧力に抵抗した人たち)
鈴木善幸(米国からの防衛費増額要請を拒否。米国との軍事協力は行わないと明言)
竹下登(金融面では協力。その一方、安全保障面では米国が世界的規模で自衛隊が協力するよう要請したことに抵抗)
橋本龍太郎(長野五輪中の米軍の武力行使自粛を要求。「米国債を大幅に売りたい」発言)
福田康夫(アフガンへの陸上自衛隊の大規模派遣要求を拒否。破綻寸前の米金融会社への巨額融資に消極姿勢)

 
ここから見えてくる特徴としては、以下のものが挙げられます。

長期政権となった吉田茂、池田勇人、中曽根康弘、小泉純一郎の各首相は、いずれも 「追随派」 に分類される。

・逆に、 「自主派」の首相は、佐藤栄作を除いて、短期政権に終わっている。

1990年代以降、積極的な自主派はほとんどいない。非自民の細川と鳩山という二人がいるだけ。

この辺りの認識は、私たちと同じです。
 
意外だったのは、岸信介の評価でした。私は、戦後「従米一本」の流れを生み出したのが、CIAのエージェントともされる岸信介だと考えていたので、(一部抵抗派でもなく)自主派に分類されていることが、驚きでした。他にも、三木武夫、橋本龍太郎
の評価も、もともとの私たちの評価とはズレています。
 
さらに、著書の中で「重光葵(まもる)」というアメリカ占領期の外交官・政治家がよく出てくるのですが、あの時期に自主独立路線を明確に目指した政治家がいたことを初めて知りました。
 
「日米関係」という語りつくされたテーマですが、今後、アメリカの覇権が衰弱する中にあっては、「どう脱米に舵を切るのか」というのは重要な命題です。戦後、特に1980年までの日米外交史を振り返ることで、脱米に舵を切る基盤を探って見たいと思います。
 

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