前回(ルネサンスの科学(魔術)1 キリスト教を市場拡大の守護神に転換したニコラウス・クザーヌス [1])は、山本義隆氏の『十六世紀文化革命』から「第9章 ニコラウス・クザーヌスと磁力の量化」の要約を引用しながら、「クザーヌスは、自然を数値で捉えることは神の言葉を読み解くことであるという論理で、市場拡大や自然科学の追究を正当化し、近代科学の発展の大きな要因を築いた」ということを見てきました。
引き続き山本義隆氏の『磁力と重力の発見』から「第10章 古代の発見と前期ルネサンスの魔術」前半部分の要約を引用しながら、ルネサンス期の自然魔術・人文主義の成り立ちと近代科学の発展過程を見て行きたいと思います。

盛期ルネサンス期の様子
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1.ルネサンスにおける魔術の復活
文芸復興とも語られる14世紀から16世紀にかけてのルネサンスがヨーロッパ文化にもたらしたものは多方面にわたり、もちろん17世紀以降の近代科学をも準備するものであったが、主題である磁力と重力の認識にかぎって言うならば、ルネサンスの功績はなんといっても魔術―なかんづく「自然魔術」―を復活させたことにある。実際、力概念の発達とりわけ遠隔力の受容にとって、魔術の復活は単なる後退ではなく、屈折してはいるが基本的には前進であった。磁力は「隠れた力」の典型として、もっぱら魔術的・占星術的因果性を裏付けるものとして、磁力はさしあたって自然魔術の研究対象であった。
魔術は中世キリスト教社会においては異端として抑圧され土地からは放逐されていたが、キリスト教のイデオロギー統制が緩み、変わりに承認や職人や役人達・新興の都市市民が力を獲得していた。北ヨーロッパでは16世紀に宗教改革を産み出すことになったが、イタリアではそれに1世紀以上先んじて、人々をして現世利益の追求への向かわせることになり、それがルネサンスの原動力となっていった。
その激動期に人間の新しい可能性を差しあたって提示したのが人文主義であった。初期の人文主義は古典研究等を主要な活動としていたが、アカデミズムと無関係な地点で行われていた。また、人文主義者も古代ローマの共和制やギリシャの都市国家を理想と見なし、その民主社会の担い手としての世俗的市民生活に生の理想を求めた。この人文主義運動を哲学的な運動へと転換させていった契機は、東ローマ帝国の滅亡に伴いビザンチンの学者がギリシャ古典の写本と共にイタリアに渡ってきたことだと言われている。
15世紀後半に新プラトン主義やヘルメス思想を発掘紹介して魔術思想を復権させた中心はフィレンツェのプラトン・アカデミーに集っていた人たちであり、その実体は新興のブルジョアジーであったメディチ家の始祖コジモ・デ・メディチの庇護のもとに形成された私的なサークルである。
コジモ・デ・メディチ
ヘルメス主義とは、紀元2・3世紀に新プラトン主義やグノーシス主義やカバラ思想の流れをひく複数のヘレニズムの知識人たちによってエジプトで書かれた「ヘルメス文書」に表明されている思想で、叡智は神と人間にだけ与えられているがゆえに人間は偉大であり、人は神のレベルにまで高められるというその思想は宇宙における人間の役割に対するそれまでの見方を決定的に変えるものであり、人間解放というルネサンス人のエートスに強烈に訴えかけるものであった。
2.魔術思想普及の背景
歴史学の通説は、ルネサンス人文主義の最大の功績を「人間の発見」に認めている。フィレンツェの裕福な商家に生まれやがて行政官になった人文主義者マネッティ(1396-1459)が1452年に書き上げた『人間の尊厳と優越について』の表題そのものが、ルネサンス人文主義の主旋律を表している。しかし、ピコやフィチィーノは単なる人文主義者ではなく、宇宙における特別の地位を人間に与えることで人間の尊厳を哲学的に基礎づけようとした。「初期ルネサンス思想のもっとも広く知られた文書」と言われている、有名な『人間の尊厳について』の冒頭には「人間は偉大なる奇蹟であり」そして「神は人間を世界の中央に置いた」と宣言されている。
身分制社会のイデオロギーに縛り付けられていた中世社会ではおおよそ想像すらできなかった、たからかな人間賛歌と高揚した自我意識の発露と言えよう。また、人間に固有のものである理性的霊魂は世界の中央に位置し、非物質的な存在と物質的な存在の間で全ての要素に対応するものをおのれの内に有し、すべてを認識し支配することが可能とされた。
人間は欲することにより一切を認識し万物に君臨しうる、あるには自然の主人にして支配者になりうるというこの想念は、中世における神と人間の関係を根本的に改めるものである。つまり、とするならば神には許されていた奇蹟を人間が行使することも許されるであろうが、それはまさしく魔術である。すなわち人間中心説は、それと裏腹に魔術の復権をともなっていたのである。
このようにして、15世紀後半から復活した魔術思想は、かなり短期間にヨーロッパ全域の知識人の間に影響力を持つにいたった。そのわけは、知的な装いとともに、印刷書籍の登場、新興ブルジョアジーの台頭によって揺らぎ始めたイデオロギー支配に対して、人間中心的で人間の能力の拡大にお繋がる魔術思想は、不断に生活条件の向上を求める活動的な都市市民層に訴えかけたからである。
商品としての書籍の大量生産とそれを購読する都市市民の存在こそが、15世紀後半以降のイタリアにおける魔術思想普及の物質的・社会的基盤であった。
3.ピコとフェチーノの魔術思想
一見すると、印刷術そして都市市民という、言うならば近代化の2つのシンボルが魔術という前近代的な所業に結びつくのは奇異に思われる。しかしじつはルネサンス期に知識人の間に復活した魔術は、中世の幽暗までまがまがしい魔術と異なって、それなりに学問的に洗練された哲学的なものに変貌していたのである。
ピコは1486年の『人間の尊厳について』の中で「自然魔術」とダイモンの業と権威にもとづいた邪悪な魔術を分類し、フィチーノもまた、晩年の『生について』においてダイモンの助けにより怪異を企むものと「自然魔術」を区別している。ここで重要なのは、ダイモン魔術と区別される自然魔術がいかなるものであり、自然認識の発展になにをもたらし、その後の自然科学の発展にどのように作用したかにある。ルネサンスの魔術思想の新しさは区別をしたことではなく「自然魔術」として中世化し容認したことにある。
ピコ フィチーノ
ピコにとって「自然魔術」とは、「神的で健全な術」であり、神の秘密の蔵に隠されている”もろもろの奇蹟”をあたかもみずからが工匠であるかのように公衆に示すもので、許されるべきものであった。
また、フィチーノにとって、「自然魔術」とは、精気を介して地上物体にもたらされている天界の力について研究し、物質への精気の流入を誘導し制御することによってその天の力とエネルギーを操作し、健康の増進と生命の維持に役立たせる術を意味していた。
このルネサンス期に登場した「自然魔術」は特異な有機体的世界像をその理論根拠にしているとはいえ、それなりに経験的で技術的で実践的なものに変わろうとしていたのである。たとえその技術が、現代から見れば誤ったあるいは根拠のない理論にもとづき、その意味で「擬技術」でしかないものであるにしてもである。しかし、磁気羅針盤にしても、当初は北極星に引かれているとか天の極に引かれていると誤って考えられていたのであるが、だからといってそれが「擬技術」という訳ではないであろう。理論的根拠の正否や有無によって「技術」と「擬技術」を区別するのは、あくまで現代人の観点であり、当時そのような区別があったわけではない。
ルネサンスとは、14-15世紀にイタリアを中心に起きた大きな文化運動であるというのが一般的であるが、本文中にもあるようにその文化運動、新プラトン主義やヘルメス思想を発掘紹介して魔術思想を復権させた背後には、新興金貸し勢力であったメディチ家の始祖コジモ・デ・メディチの庇護があった。
ではなぜ、金貸しはこのような人文主義や魔術思想を復活させる必要があったのか。
■キリスト教と金貸し勢力の観念闘争

ルネサンス期の学者・科学者・芸術家たち(山川出版社『詳説世界史研究』より)
上記年表のように、ルネサンスは俗語文学(中心は恋愛観念)→絵画・建築→魔術・科学という順に展開している。
これは、キリスト教支配に対する金貸しの観念闘争の過程を表している。
●言語革命
十六世紀ヨーロッパの言語革命は、大衆が使っていた俗語が正式な国語となり、それまでのラテン語だけを使用することによるキリスト教会の観念の独占を切り崩してゆく過程でした。この過程は、ヨーロッパを観念統合する勢力がカトリック教会から都市の商人を基盤とした金貸しに変わっていく過程である。
金貸しは、市場を拡大するため、禁欲的なカトリックに変わる観念であるプロテスタントや恋愛を美化した文学を大衆にばらまき大衆を洗脳していった。これが16世紀ヨーロッパの言語革命である。
「十六世紀ヨーロッパの言語革命はキリスト教と金貸しの共認闘争だった」 [2]
●恋愛観念・絵画・建築・音楽の変化
そして、恋愛小説や演劇によって恋愛観念が庶民レベルにも広まった。古代~中世までは王侯貴族が恋愛(不倫)をしていたのが、ルネサンス以降は都市住民も恋愛を至上のものとして、貴族の真似事をして恋愛(不倫)を始めるようになる。恋愛観念が広まると、気を引くために贈り物をする、自分の身なりを着飾るなど、それだけで市場は拡大する。
しかし、市場が拡大した理由はそれだけではない。
ルネサンス期には華美な絵画・建築・音楽などを通じて、庶民の快美欠乏が刺激され、庶民も「自分もああいう高価な物がほしい、贅沢な生活がしたい」と思うようになり、需要が拡大する。恒常的に市場を拡大し続けるためには、恋愛観念や華美な建築等を見せ続けることによって、人々の欲望を刺激し続ける必要があるのである。
ルネサンスの小説家・演劇家・建築家・音楽家のパトロンに金貸しがなったのも、これが目的である。
「私権拡大の可能性が開かれた市場時代、過剰刺激が物欲を肥大させた」 [3]
この恋愛観念や絵画・建築による欲望(快美欠乏)刺激も、キリスト教会の禁欲観念に対する金貸しの観念闘争である。
しかし、それだけではキリスト教会との観念闘争に勝つことはできない。
支配観念であるキリスト教では「神が絶対で、人間はその下」というパラダイムは不動だからである。
キリスト教会との観念闘争に勝利し、欲望を肯定する人間(自我)中心主義に完成するためには、キリスト教とは別の正当化観念が必要になる。

レオナルド・ダ・ヴィンチ作『ウィトルウィウス的人体図』
ルネサンス期は全ての原点が「人間」にあるという考えのもと、上図ダ・ヴィンチの人体図及びそこから導き出された黄金比など、芸術・建築・科学の基本ともいえるものになっている。
●魔術によって自我を正当化し、神に成り代わった西欧人
そこでメディチをはじめとする金貸したちが立脚したのが魔術観念である。魔術の力によって人間も神と同等以上の力を獲得し、神に成り代わって世界を支配できるという理屈である。つまり、金貸したちは自我の正当化観念として魔術とその力を利用したのである。
ルネサンス期の小説家・演劇家・建築家・音楽家・思想家、さらに魔術のパトロンに金貸しがなったのも、市場拡大のために快美刺激を正当化する観念が必要だったからであり、その障碍となるキリスト教に対する観念闘争のためだったのである。
神中心のキリスト教から人間(自我)中心の近代思想への転換を成したのが、ルネサンスの魔術だったのである。
そして、魔術によって自我を肥大させ神に成り代わった西欧人たちは、キリスト教支配下の中世では「魔の海」と恐れられたインドに至る海域に乗り出してゆく。それが大航海(侵略航海)時代の幕開けである。
次回も引き続きルネサンスの科学に迫っていきたいと思います。


