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なんでや劇場レポート 「力の原理から共認原理への大転換」その3~力の原理と私権原理(統合)の関係構造~


皆さ~ん、こ~んば~んは~っ! !
前回は人類の歴史から「同類闘争の緊張圧力⇒乾燥(→飢餓)を契機に略奪闘争勃発」という、私権自我の誕生の流れを見てきました。
これからの国力や市場について考えていくためにも、その原点を知るというのは、非常に重要なことでしたね:D
今回は、略奪闘争勃発までとその後の国家の形成に至るまでの、統合軸の変遷についてです。
拡大していく集団をどのようにして統合させてきたのでしょうか。

~力の原理と私権原理(統合)の関係構造~
「テキスト2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた」リンクには次のようにある。
「その勝ち抜き闘争の結果、力の序列原理によって統合された国家が形成され、国家は力の序列に基づく私有権の共認を統合軸として、安定した秩序を形成する。」
力の序列原理の基盤となるのは、哺乳類に顕著な「弱い者(敗者)が強い者(勝者)に従う」という敗従本能である。集団内の個体同士の性闘争ではもちろんのこと、集団間の同類闘争でも力の序列が形成される。
真猿集団のオスたちは、メスを巡って日常的にオスが性闘争を繰り返しているが、15匹居れば1番から末端の15番まで序列化されている。真猿は、性闘争・私権闘争を制圧した力の序列を共認することによって(力の序列を秩序原理とすることによって)集団が統合されているのである。
人類の私権社会も基本構造は全く同じで、序列原理が統合原理であることに変わりはない。人類の場合は力の序列を観念化したのが身分序列であり、それによって集団や社会や社会が統合されているが、身分序列の原型が真猿にあるという認識は重要である。

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■「序列原理で統合」されている「人類の私権社会」とは?
1970年、貧困を脱するまでの私権社会では、「弱い者が強い者に従う」という序列原理を観念化した『身分序列』で統合されていた社会ですね。
例えば家庭では「父→子」、学校では「先生→生徒」、企業では「社長→部課長→平社員」などあらゆる場面で、私権の力を背景にした「身分序列」が集団の統合軸になっていました。
当時は貧困だったので、家庭であれば、生きるのに必要なお金を稼いでくれた父親は偉かったし、将来いい学校に入り、裕福な生活を手に入れるために必要な学問を教えて くれる先生は、尊敬を集めていました。。。
貧困を脱した今現在も、序列原理が残存している場面はよく見られます。
豊かさを実現して以降、序列の力は無効化したのに関わらず、今なお、そこに寄りすがっている
年配の方は意外と多いかもしれません。
上では、この人類社会の統合軸だった身分序列の原型は、なんと真猿集団にある。
と書かれています。・・・覚えておきましょう♪

では、力の原理と私権原理の関係はどうなっているのか?
1万3000年前以降、弓矢の発明によって地上に進出した採集部族も狩猟部族も共同体であり、その統合軸は力の原理ではなく精霊信仰であった(その統合者は予知能力の高いシャーマンである)。
その後、同類闘争の緊張圧力が高まるに従って集団自我が発生し、原始以来の精霊信仰が自部族を正当化する守護神信仰に変質してゆく。
しかし、守護神信仰のシャーマンも集団内の評価共認によって選ばれた者であり、この段階ではシャーマン自身に私権意識は存在していない。
続く6000年前~5700年前の略奪闘争勃発の直前では、各部族は略奪闘争に備えて部族連合を形成する。ここで部族連合の統合軸は力であり、各部族においても、信仰系の長(シャーマン)と闘争系の長が並び立つようになり、次第に闘争系の長の力が強くなってゆく。
そして5700年前に略奪闘争が始まると、同類闘争圧力(戦争圧力)を受けて集団自我は集団私権(⇒富国強兵)に行き着き、各部族の組織体制は例外なく、闘争系の長の力が信仰系の長を上回るようになる。これは集団が力の原理で統合されることになったということであるが、それだけではない。集団共認が集団私権の獲得に強く収束しているということであり、そうである以上、集団の評価共認によって選ばれた闘争系の長も私権意識に染まってゆくのは避けられない。

ここまでの流れを図解にしてみます。

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そこで集団をどのように統合したのか?
寄せ集め集団を結集することに成功した大勢力が勝ち抜き戦に勝利し、国家を形成・支配してゆく。
単位集団であれば力の原理だけで統合できるが、大勢力を結集するには力の原理だけでは無理で、私権統合するしかない。実際、私権統合に長けていたの遊牧部族⇒交易(騙し)部族が、大勢力を結集し国家を形成していった。
これが私権統合が必要になった第一義的要因だが、もう一つ副次的要因もある。
略奪闘争が始まったとは云え、戦闘期間よりも非戦闘期間の方が長い。戦闘状態であれば力の原理だけでも統合できるが、非戦闘状態ではそれだけでは統合できない。とりわけ出自バラバラの生き残りを寄せ集めた集団は末端まで私権収束しており、集団を統合するには私権統合するしかない。

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『私権統合に長けていた遊牧部族⇒交易(騙し)部族が、大勢力を結集し、国家を形成していった』とはどういうことでしょうか?
自然外圧が厳しかった遊牧部族は、斥候部隊を作って遠征させる必要に迫られます。
母集団から距離を置くことになるため、直接顔を合わせることがほとんどなくなり、直接的な力の原理が効きにくくなります。さらに、長期間母集団から離れていると、母集団のために行動するのではなく、自分たちの斥候部隊が第一となり、集団自我も発生しやすくなります。
こうして遊牧部族は、母集団と斥候部隊の集団統合をどうする?という課題に直面しただろうと推測されるのです。
この局面を突破するために、彼ら遊牧部族の長たちはおそらく、飴と鞭のような手法で手なづけていったのだと思います。
成果報酬(食料や女)、それと連関した地位、などが想像されます。
具体的には、彼ら遊牧部族は周囲の地理に詳しく、どこで何が取れるか、あるいはどの部族がどこに住んでいて、取れたものをどこに持っていけば高く売れるかを熟知していたと想定されます。そして、できるだけ有利な取引をするために、相手を騙すトークも磨かれていったでしょう。
こうして、5700年前以降の同類闘争=戦争勃発で大混乱に陥った社会に適応すべく、遊牧部族は交易(騙し)部族に変化し、その騙し能力で他部族を配下に組み込み、大勢力を結集して国家を形成していったのです。

力の原理と私権原理の関係をまとめると、
①根底にあるのは力の原理であるが、戦争を勝ち抜く⇒大勢力を結集するには私権統合が必要になり、
②私権統合は戦争時だけでなく平和時でも統合できるので、力の原理を下敷きにして、配下の戦功に応じて身分=領地を与えるという形で私権統合が成立したのである。
ところが、敵部族を征服し支配に組み込んで行くようになると、かつ戦争が終ると、戦功に応じて身分=領地を与えるというやり方では国民全体を統合できない。そこで、末端まで私有権を法的に認めるという法制共認に移行する。私有権を法制共認させることによってはじめて、力の序列共認も確立し、国家は国民全員を統合することができるようになったのである。
教科書に書かれている「近代になって万人の私有権が不可侵なものとして認められたことによって、みんな平等になった」というのは真っ赤な嘘である。圧倒的な力を持つ支配者の私有権は絶対に違いないが、庶民は力の序列原理を追共認させられているにすぎない。私有権の共認とは、支配者と庶民との間の万倍の私有格差を共認せよという格差の共認に他ならないのである。

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統合軸の変遷について見てきましたが、いかがでしたでしょうか?
人類はこの後6000年、私権時代を送ってきましたが、現在では、力の序列原理を追共認させられ当たり前のこととなってしまいました。
しかし、このように歴史を遡り事実から考察すると、騙しによる支配構造が鮮明に見えてきましたね:D
次回は、「略奪集団による世界支配を根底から解体する、共認原理による国力の上昇」を扱っていきます。
では…さようなら~~っ!!

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