春のうららかな陽気につい心地よいうたた寝をしてしまう今日この頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか?
前回は、序7に入り、【新勢力の政策方針】 [1]について扱いました。社会は経済がリセットし、混乱した状態ですが、その中でも『共認社会の実現』を全ての社会運営の大目標として、具体的な政策方針を模索しました。具体的には、「中央銀行の廃止」「国家紙幣の発行」「ゼロ成長戦略」など、これまでの経済原理とは大きく方針転換したものですが、市場原理に翻弄されず、生産者の活力を増大させるものでした。
今回は、これからの共認社会の中核を成す共同体企業をどのように増やしていくか、そして、その共同体企業ネットワークによって社会を統合していく際に、どのような統合方式が望ましいのかについて、実現論【企業の共同体化と統合機関の交代担当制】を元に考えていきたいと思います。
【企業の共同体化と統合機関の交代担当制】
順序としては中央銀行廃止の次となるが、共認社会を実現する上で、最も重要になるのは、私権企業の共同体化と、社会統合を担う統合機関の担当の交代担当制である。
企業を共同体に転換させるのは、さほど難しいことではない。
まず第一に、資本金(簿価)の2倍程度の国家紙幣を各企業に支給し、各企業がそれを各社員に新株として支給する(その場合、社長etcへの配給上限を、社員平均の10倍以下とする)。こうすれば、社員が株主総会の議決権の過半を握ることができる。
次に、会社のあらゆる情報を社内ネットに公開すると共に、その社内ネットを会社の共認形成の中枢機構とする必要がある。
類グループの場合、この社内ネットが最大の共認形成の場になっているだけではなく、最大の活力生成の場にもなっている。企業の共同体化の鍵は、社内ネットの活性化にかかっているといっても過言ではない。
従って、社内ネットを活性化させるために、(少なくとも過渡期は)「毎日1時間は社内ネットを読む時間を確保すること」etcを法制化した方がよいかもしれない。

現在の私権企業=民間企業の実態はどうなんでしょうか?
仕事で付き合いのあった、『とある企業』の事例を取り上げてみます。
一緒に仕事をしていた、実際に製品を作る人たちや、その製品を作るためのシステムを考える人たちは、現実の圧力にさらされていたため課題共認や役割共認は比較的やりやすい状況でした。
しかし、肝心の大方針や事業スケジュールがコロコロ変わることが日常茶飯事、その度に積み上げてきた作業は一からやり直しとなります。そして、変更された理由は明確にはなりません。『あきらめムード』が漂うなか、ムリヤリやる気を振り絞って新たな外圧に立ち向かう、といった場面が多々ありました。
こうなってしまうのは、突き詰めると現代の株式会社は株主の所有物だからです。そして、株主に選ばれた雇われ社長が、社員を序列原理で操る、といった構造だからなのです。
こんな状態のままで社内ネットを導入するとどうなるでしょうか?
会社の全体状況やおかれた外圧状況が把握できていないので、正確な意見や方針がだせません。それどころか、自社に恨み辛みを抱えた社員が重要な情報をリークし、組織に甚大なダメージを与えることすら考えられます。
そうならないためには、『社員への株式分配』を行う事で、株主や雇われ社長から自集団を奪回すればよいのです。そうすれば社員達の自集団への収束力を高めることができ、社内ネットを『最大の共認形成の場』『最大の活力生成の場』とすることが可能になるのです。
次に、なんとしても断行する必要があるのは、社会統合の交代担当制である。
なぜそれが不可欠になるのか?
本来、統合機関は、個々の集団を超えた、超集団的な地平に存在するものである。
ところが省庁や大学やマスコミという組織は、単なる一集団に過ぎない。しかし、集団というものは、必ず自集団の利益第一に収束するものであって、集団を超えた社会統合を担う機関が、単なる集団に過ぎないようでは話にならない。集団を超えた社会統合機関には、それにふさわしい体制が必要である。現在、社会統合の課題を担っているのは官僚(司法を含む)をはじめ学者やマスコミだが、彼らはエリート意識に凝り固まった私権主義者であるだけではなく、信じられないくらい無能化しているので、民間企業の人材と入れ替えた方が、はるかに上手くいくだろう。
しかし、民間から出向した者が、そのまま居ついたのでは、官僚体質に染まり、同じように無能化してしまう。従って、統合3年・民間3年ぐらいで交代する参勤交代制が良いだろう。民間3年後、優秀なら統合機関に再任される。つまり、連続3年以上の統合機関勤務を禁じるわけである。
そうすれば、親方日の丸の官僚主義に陥ることもなくなり、民間≒庶民の暮らしぶりも分かっているので、統合機関に出向しても現在より遥かにましな案を生み出せるだろう。
とりあえず、毎年2割ぐらいずつ上から順に入れ替えていけば、5年で一巡し、それ以降は、旧勢力1:新勢力2くらいの比率で統合課題を担ってゆくことになる。この交代担当制を実現するためには、各省庁や県・市・町庁や、各大学や各マスコミに常駐して担当者を選考する人事委員会が決定的な役割を果たすことになる。
おそらく、人事委員だけでも、十万人は必要になるだろう。それは当然、これから共認社会を実現してゆく新勢力に結集した人々によって担われることになる。

では、現在の社会統合の仕組みの問題点を、官僚の例から整理し、これと対比して『参勤交代制』の有効性をまとめてみます。
問題点
1.外圧が働かない
現在の官僚組織には外圧がまともに働かない構造的な欠陥があります。監視圧力も評価も大衆の声も遠ざけ、彼らに支配されているマスコミが、その非を隠蔽し、固定的な利権が温存されます。
例えば政治家を影で操る。TV放送の許認可等の実権をもとに不都合な事実は握りつぶすなど・・・外圧遮断から起きる弊害は、枚挙にいとまがありません。
2.「自集団第一」に収束
国の一大事であった3.11大震災や原発問題の対応を見ても「国民のため」より「自集団の責任逃れ、事実隠蔽、既得権益や利権の確保」が何より優先されていました。
社会統合を担う役割には適していないどころか、いまや支配の快感に溺れた「中毒患者」そのものです。
3.無能化
とはいえ、官僚志望者の中には「お国のため」と熱い志を持つ人はいました。しかし彼らも既成の「官僚体質」に感染し、甘い汁を吸いはじめては堕落します。
最近の官僚は、人工的に与えられた課題を効率的にこなすだけの「試験エリート」であり、社会を担う本物の気概も素養もないのは明らかです。
参勤交代にすると、どうなる?
1.外圧が働き、活力が高まる
リセット後には、この官僚達を支配する金貸しの影響力が低下し、隠蔽や歪曲報道などは激減します。
そして参勤交代制では、外圧としての『評価圧力』が強烈に作動し、<期待→役割→評価→活力上昇>のプラスの循環が生まれるはずです。
2.「自集団」を超える
参勤交代制では、集団内でも優秀な人材が選考されるので、企業戦力度は一時的に低下します。(この点は江戸の参勤交代と似たような構造)
しかしむしろ、統合機関での仕事ぶりが母集団の社会的評価を引き上げながら、社会全体が活力上昇する事が期待されます。
3.社会の役に立つ
外圧が真っ当に働く環境で、みんなの期待に応える意識で仕事に臨めば、誰しも能力は必然的に上昇するでしょう。
現在は自集団第一という狭い意識を強いられている人が解放されて、その様な環境で協働すれば、一体どのような成果を生み出すのか?
ワクワクしてきませんか?
※こうしてみると、「参勤交代」という江戸時代に開発された社会統治の仕組みが、姿を変えて実践されるイメージと有効性が見えてきましたね!

※この交代制に対しては、分業による効率化という反論が予想される。しかし、分業による効率化が有効なのはせいぜい5年くらいで、後は惰性でやっているような者が多い。従って、優秀な者なら3年勤務1回でほぼ吸収できるし、特に優秀でなくても3年勤務を2回やれば習熟できる。
これは、かつての「百姓」という言葉が示しているように、もともと人間の能力は、3つも4つもの職能をこなせるように出来ているからである。従って、何より効率を重視する民間企業でも、多能工の育成や、職能転換を伴う配置転換はざらに行われている。
更に言えば、そもそもここまで無能化した統合機関は、はじめから分業効率論の成立範囲外にある。また、諸悪の根源である受験制度も抜本的に改める必要がある。
最も深刻なのは中学受験で、現在の難関中学は、小2~3年生の頃から勉強漬けの生活を送らなければ合格できなくなってしまっている。
その結果、エリート意識ばかり強く、そのくせ勉強しか出来ない無能な子供たちが大量生産されてゆく。統合階級の無能化は、既にこの年令から始まっている。
従って、とりあえず応急措置として、旧帝大や医学部の入試では、難関中学出身者の偏差値を10ポイント下げるとか、あるいはクラブ活動etc五教科以外の内申点を基準にして、内申点3:試験点2に切り換えるetcの策が必要だろう。
今回の内容を図解としてまとめると、こちらのようになります。
現状の古い統合原理の統合機関では問題だらけのため、それらの問題を解決できる統合原理や、新しい制度が必要となってきます。しかし、単に現状の問題を解決するだけはもったいない。よりみんなの活力が上がり、主体的に社会に関わっていけるような制度やしくみを作っていけるよう、もっと勉強が必要だし、もっとみんなで考えていかないといけませんね。
次回は、官僚制度の諸悪の根源である受験制度に変わる、新しい教育のあり方について考えていきたいと思います。では、次回をお楽しみに。
ごきげんよう。