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10/30なんでや劇場レポート(2)~大衆の期待の変化に応じて統合力も変わってゆく~

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10/30劇場レポートの第二段です。
前回 [1]の劇場レポートでは、「原始時代のリーダーが祭祀を司る女」であったことを述べてきました。
現代的な感覚では、「リーダーは男が担うもの」という認識があるかと思いますが、そもそもリーダーの役割とは、「その時代で何が最も重要視され、人々の期待がどこにあるのか?」を捉えることにあります。
そして、その期待に応える能力を持ち合わせたものが、自ずとリーダーに選ばれていく。
今回は、リーダーが持ち合わせる能力=「統合力」に焦点を当てていきます。
時代の変遷と共に「統合力」はどのように変化していったのでしょうか?

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前回の記事で述べたように、原始人類の時代では、精霊への祈りが最も重要な課題であり、それに応えるために最も「霊感能力」の高いシャーマン(一般的には女)が集団のリーダーになったと考えられます。
つまり、この時代の統合力は「霊感能力」であったことがわかります。

■私権時代の混乱期と「私有権」の登場

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このような母権制社会の中で、人類社会は出発しましたが、その後、洞窟を出た集団間で同類圧力の緊張状態が高まると、戦闘集団の長(男)が部族長になり、戦争による混乱の果てに古代王国が誕生しました(私権時代の始まり)。
この時代における人々の期待は、戦争圧力に対する防衛・勝利期待、つまり、「武力」が統合力でした。
この私権時代のパラダイムを理解するために、まず「私有制度」の起源を押さえておきます。以下、るいネットより引用。

『10/30なんでや劇場2 支配階級の私有権は絶対不可侵だが、庶民の私有権は剥奪され得る』 [2]
●私有制度の起源は?
母権制社会までは物財は集団の共有であった。
戦争が始まると、略奪品や占領した土地は原則として王の所有に一元化されたであろう。∵将や兵士による着服が頻発すると統制が取れなくなるからである。
この段階では、王一人に全ての財や土地が集中するわけだから究極の私有制とも云えるが、所有しているのは王だけなので集団の共通物として王が管理していると見れないこともない。
ところが次の段階では、王は功ある将に財や土地を分け与える。その将が配下に分け与える。最後に末端兵士から農民にまで土地が分け与えられてゆく(本質的には貸し与えられたと見るべきだろう)。
このように、財や土地全てを所有していた王から次々と下の者に財や土地が分け与えてられてゆく。これが私有制度が形成されてゆく構造である。
%E6%88%A6%E5%BE%8C%E3%81%AE%E9%A0%90%E9%87%91%E5%B0%81%E9%8E%96.jpg戦後の預金封鎖
「私有権は絶対不可侵」というのは「王or支配者の私有権は絶対」というのが本当の意味である。但し、それでは人々の共認が得られないので「万人に私有権がある」という騙しによって、私有制度が共認されたにすぎない。
実際、支配者からすれば大衆の私有権などいつでも剥奪できるのであって、例えば、これから行われるであろう支配階級による預金封鎖とは私有権の剥奪そのものである。大衆の私有権など、権力者の都合次第で簡単に剥奪されるのである。

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一度私有権が共認されると、社会の全ての物財は私有の対象となり、人々は私権を確保しなければ生きてゆけなくなる。つまり、私権時代では私権の獲得という収束軸にすべての人々が組み込まれていきます。
しかし、私有権が共認されたと言っても、それは「王or支配者の私有権は絶対」という認識は現代的な観点からも重要な認識です。経済破局の予感が漂う今日では、いつ庶民の財産が剥奪される可能性があると言えます。
■私権時代の秩序安定期~衰退期における統合力の変遷

ここまで原始時代から戦争状態にあった私権時代初期までの統合力の変遷について述べてきましたが、次に私権時代中期の秩序安定期から後期の衰退期における統合力の変化を見ていきます。

『10/30なんでや劇場3 大衆の期待の変化に応じて統合力も変わってゆく』 [3]より
戦争状態では武装勢力に人々の期待が集まるが、戦争が終って100年も経てば、大衆の期待は日常の生活の安定に移る。従って、この秩序安定期待に応える法制化が重要になり、法制度を司る官僚が大きな力を持つようになる。
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ところが、(現代でもそうであるように)法制度は利権と不可分一体である。法制化とは利権の囲い込みであると言っても過言ではない。従って、法制化が進めば進むほど、官僚たちは私腹を肥やし、必然的に腐敗してゆく。従って、法制化が進めば進むほど、搾取が酷くなり庶民の生活は貧しくなってゆく。
とりわけ欧州では支配階級による搾取が甚だしく、大衆の救い期待が強まってゆく。この救い期待に応えたのがキリスト教会である。従って、搾取が酷くなればなるほど、教会に対する救い期待が大きくなり、それと共に教会の力が大きくなってゆく。かくして、中世では、遂に教会(法王)が国王をも超える絶対権力を持つに至る。
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大衆の期待⇒統合力⇒支配的な中核勢力の変遷をまとめると、
【1】戦争時代は、戦争圧力に対する防衛・勝利期待⇒武力が統合力⇒武装勢力(王)による支配
【2】戦争が終った後は、秩序安定期待⇒法制共認力が統合力⇒法制度を司る官僚による支配
【3】法制化は利権の塊なので、官僚が私腹を肥やし民が貧しくなり、救い期待が上昇して救い期待⇒宗教共認力が統合力⇒教団(神官)勢力による支配

こうして出来上がった支配体制も官僚や教会の腐敗で最大400年間しかもたず、安定秩序が破れて再び戦乱状態に戻り、【1】武装勢力支配⇒【2】官僚支配⇒【3】教団支配を繰り返してきた。
【2】官僚支配、【3】教団支配の過程では、実権は官僚や教団が牛耳ることになり、一貫して王はツンボ桟敷に置かれて形骸化する。

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【武装勢力支配⇒官僚支配⇒教団支配】
この私権時代のサイクルは現在の日本社会を眺めてみても、同様の類型を観察することができます。
アメリカの意向が背後にあるとはいえ、2000年頃からエスカレートし始めた官僚の露骨な権力行使は、大衆の期待とはとことんすれ違い、日本社会の疲弊を招き、他方、非宗教系大学生の意識調査によれば、ここ数年は若者を中心に宗教への関心が確実に高まっていると言われます。
大衆の期待の変化に応じて統合力は変わってゆく。
現代のリーダー像を考える上では、大衆の意識がどのように変化したのか?その変化を阻害する要因は何か?を考えてみることが重要となります。


以下に、参考となる投稿を紹介しますので、興味がある方はご覧下さい。
実現論:序2(下) 私権時代から共認時代への大転換 [4]
実現論:序3(下) 民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である [5]

次回は、今回述べた私権時代の統合形態の変遷構造において、現代社会に焦点を当てながら、縄文体質を色濃く残す日本人の特異な体質を取り上げていきます。ご期待下さい

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