
行き過ぎたマネー経済を抑制すべく「57カ国会議」を開催した欧州貴族は、アメリカを見捨て、ユーロを支援することを決定した。その中にはロシア、中国、インド等、強国が集結しており、いわゆる「アメリカ包囲網」が世界中で形成されつつある。
その包囲網が形成されつつあるアメリカで最大の影響力を持っているのは、莫大な石油利権を牛耳ってきたロックフェラー家。では、 そのロックフェラー家の力の源であるオイルマネーはどう動くのか?
そこで今回は、潤沢なオイルマネーで世界最大の資産規模を誇る政府系ファンド・『アブダビ投資庁』を持つ『アブダビ首長国』、金融立国として有名な『ドバイ首長国』を中心に見て行きたい。
(アラブ首長国連邦とアブダビ首長国、ドバイ首長国)

アブダビ首長国はドバイ首長国等を含むアラブ首長国連邦を構成する国のひとつ。アブダビはアラブ首長国連邦の事実上のリーダー国であり、連邦全体の約80%にも及ぶ広大な国土に埋蔵された石油資源によって連邦の政治、経済を支えている。
そのアブダビの政府系ファンドであるアブダビ投資庁は、アブダビ首長国の将来的な財源の確保および維持を目的に、1976年に設立された。世界最大の政府系ファンドであり、運用資産総額は4,000-8,750億ドル以上。アブダビ投資庁がどこに投資をするかで、今後の世界情勢の動きにも影響が出てくると言われている。
☆政府系ファンド(SWF)とは?
政府系ファンドとは、政府が出資する投資ファンド。正式には主権国家資産ファンドと呼ばれる。石油や天然ガスによる収入、外貨準備高を原資とすることが多く、資源供給国に多く設立されている。その豊富な資産で大規模な投資をする為、市場への影響力が大きいといわれており、アブダビ投資庁、シンガポール政府投資公社、中国投資有限責任公司等が有名である。
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■アブダビ首長国とアラブ首長国連邦の歴史
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◇アブダビのクーデタを支援したのはアメリカ

1960年代、イギリスの保護領だったアブダビで石油が出始める。アブダビはそのオイルマネーで、莫大な収益を獲得し始めたが、当時の首長はそれを積極的に活用しようとしなかった。そこで、1966年に宮廷内クーデターによって、ザーイドが兄に替わり第14代首長に就任し、オイルマネーをインフラ整備など国家基盤の整備発展させるための事業に投入させた。こうして、アブダビは急激な発展を遂げていった。
1971年、イギリスがスエズ以東を撤退した後は、ザーイド主導の元、アラブ首長国連邦を作り、ドバイ他の首長国を取り込んでいった。
この革命の背後には、オイルマネーを積極的に活用しようとしなかった当時の首長に業を煮やしたアメリカの支援があった。中東エリアはそもそも遊牧民や海賊を祖先とし、氏族間の争いが起こりやすい地域。そこを利用し、当時保険、教育、道路建設などの事業にあたっていた当時の首長の弟にあたるシェイク・ザーイドに政府を転覆させたのだ。
こうして、ザーイドの就任後は、莫大なオイルマネーがアメリカ企業主体のインフラ事業に流れ込んだ。70年代にはOPEC諸国における石油産業国有化の波も生まれたが、その波にも乗らず、UAE通貨をドルとペッグさせ続けてきたこと等、クーデタ後は完全にアメリカ支配の国になった。
⇒中東支配の更なる強化を狙ったアメリカが、アブダビのクーデタを支援し、傀儡国家を作った。
◇欧州主導でドバイが金融立国化

アブダビとアメリカの関係は強くなりつつも、中東全体における米国支配力は73年、79年のオイルショックで低下することになる。その状況下、81年にドバイは企業や富裕層の税金を優遇出来るタックスヘイブン政策を実施し、中東における国際物流の拠点となることを促進させて、外国企業の誘致に成功した。
ドバイは元々、英国東インド会社の海運拠点とされており、海運業が盛んだった地域。タックスヘイブンを実施するには格好の立地だった。タックスヘイブン後のドバイ投資には、香港上海銀行が強く影響していること、モナコやスイスが欧州主導で同様のタックスヘイブン化が実践されていることなどから、ドバイの金融立国化も欧州主導と見て間違いない。つまり、欧州がアメリカの中東支配に再び食い込んだ。
こうして外国企業がドバイに参入し、大量の外貨がドバイに流入することになる。結果、ドバイは中東の金融世界の中心となって、凄まじい発展を遂げていくことになった。
⇒オイルショックでアメリカの中東支配が低下する中、欧州がUAEに食い込み、ドバイに中東金融業の拠点を作った。
⇒UAEはアメリカのアブダビと、欧州のドバイが支配する国家となった。
◇95年以降、アメリカも金融立国化
一方、アメリカは基軸通貨体制を維持することで、自国産業が空洞化してしまう。そして、国内産業の再生に限界を見たアメリカは、新たな政策として新自由主義政策を打ち出し、これまで欧州が支配していた金融業に参戦し、金融バクチ国家として歩み始めるようになった。
こうして、投資先を求めた世界中のマネーがドバイに流れ込み、ドバイは完全にバブル化してしまった。その欧米マネーはドバイと共通通貨を持つアブダブにも流入し、アブダビもバブル化していく。こうして世界最大のSWFとなった『アブダビ投資庁』は、その投資先を求めて米国債や米国株式に投資を繰り返し、アメリカのバブルを加速させ続けていった。
⇒世界中のマネーがドバイ⇒アブダビに流入し、不動産バブルが過熱していった。
⇒アブダビのマネーはアメリカに還流し、アメリカのバブルをも演出した。
◇金融バクチ国家の行き詰まり

米金融大手シティグループ(C.N: 株価, 企業情報, レポート)は26日、普通株に転換する出資証券75億ドル相当をアブダビ投資庁(ADIA)に売却することで合意したと発表した。 [3]
2007年、サブプライムローンが破綻し、アメリカの住宅バブルが崩壊する。『アブダビ投資庁』は、80億ドルの巨額を投じて、ロックフェラー系の金融大手シティバンクを救済し、ドルを買い支え続けてきた。
しかし、2008年にはリーマンショックが起こり、いよいよアメリカの金融経済にかげりが見え始める。親米国家アブダビも、いよいよドルペッグ制を堅持することに難を示し始めた。
アブダビ計画経済庁は6日発表したリポートのなかで、通貨統合を目指す湾岸産油国は自国通貨をドルに連動させるペッグ制の堅持を見直し、通貨バスケットへの連動を検討すべきだと指摘した。 [4]
ドバイでも、不動産開発資金の調達が困難になり始め、アラブ首長国連邦中央銀行、アブダビ国立銀行等が、その返済資金を融通することで調整を図るものの、持ちこたえることが出来ず、ドバイショックが発生、UAEの信用も落ちてしまう。
⇒リーマンショックが引き起こしたUAEのバブル崩壊によって、アブダビも米ドルを買い支える余裕を失った。
◇今後、どうなる?
欧州連合(EU)の欧州議会は27日、人権や言論の自由向上に尽力した個人や団体をたたえる「サハロフ賞」を、「アラブの春」と呼ばれる民主化運動に関わった5人に贈ることを決めた。 [7]
2010年以降、『アラブの春』と言われる民主化運動が各地で起きており、中東全体でも、これまでの親米政権体制が崩れ始めてきている。欧州がこれを支持していることからも、欧州主導で、アメリカの中東支配力を弱体化させようとしていると見て間違いない。
アブ・ダビ-英国王室がアラブ首長国連邦に訪問してから2日目、木曜日、シャイク・ハーリファ・ビン・サイード・アル・ナフヤン大統領(アラブ首長国)と英国エリザベス2世の間で、勲章の交換が執り行われた。
アブダビも同様で、リーマンショック以降はドルペッグ堅持に懸念を示し、2009年には欧州自動車大手のダイムラー車の筆頭株主となり、電気自動車開発に着手予定、AIGプライベート銀行部門も4億700万スイスフランで買収している。2010年にはアブダビと英国エリザベス2世との間で勲章の取り交わしがなされる等、欧州寄りの姿勢が出てきた。
UAEのオイルマネーは欧州とアメリカとの勢力争いの中で生まれてきた。これまで、このマネーはドバイ⇒アブダビを通じてアメリカに還流してきたが、リーマンショック以降は急速にアメリカ離れを強めていっている。さらに、このアメリカ離れの動きはUAEだけでなく、中東全体で起こっている。
ロックフェラーの中東石油支配は終焉を迎えつつあるようだ。