これまでのシリーズでは、国家と市場の成立とその統合限界の構造を紹介して来ました。現在国家は私権闘争という最大の圧力源=活力源を失って迷走し、市場は拡大限界を迎えており、これまでの私権闘争の圧力に替わる新たな圧力源=活力源を作り出す事が次代の社会に可能性を開く鍵になります。
そこで、前回は「人類の新たな活力源とは?」というテーマで、次代の社会は、「人類的課題に対する期待と応望を主活力源にして創造活動を営み、評価収束による創造競争(=新たな同類闘争)によって圧力=活力を高め、その同類闘争を同じ評価収束⇒評価共認によって統合する社会」(詳しくは前回投稿 [1]を参照ください)である事を紹介しました。
■これまでの記事
次代の社会統合の場を考える1~国家はどう統合されているのか?~ [2]
次代の社会統合の場を考える2~国家と(力の序列共認)とその統合限界~ [3]
次代の社会統合の場を考える3~私権闘争の抜け道が、交換取引の場=市場である~ [4]
次代の社会統合の場を考える4~何をするにもお金がかかる社会~ [5]
次代の社会統合の場を考える5~市場は社会を統合する機能を持たない~ [6]
次代の社会統合の場を考える6~市場の拡大限界は国家の統合限界でもある~ [7]
次代の社会統合の場を考える7~人類の新たな活力源とは?~ [1]
同類闘争を同じ評価収束⇒評価共認によって統合する次代の社会統合の場とはどのような場なのか?
シリーズ最終回となる今回は、
・人々を収束させる最先端価値とは?
・社会を統合する最先端機能とは?
という視点で、るいネット [8]から「超国家超市場論14」 [9]を紹介していきます。
続きの前に応援よろしくお願いします
■人々を収束させる最先端価値とは?
『新しい潮流1~14』(1 [10]、2 [11]、3 [12]、4 [13]、5 [14]、6 [15]、7 [16]、8 [17]、9 [18]、10 [19]、11 [20] 、12 [21]、13 [22]、14 [9])で明らかにした様に、現在すでに人々は、社会不全⇒人(ひと)収束を伴いつつ、外向収束から認識収束へと向かっている。この認識欠乏が顕在化するのは、もはや時間の問題である。それが顕在化すれば、人々が求める『新しい認識』は、人々の最先端の統合価値となり、従ってまた最強の活力源となる。
バブル崩壊以降、社会不全→外向欠乏(事実収集や社会活動etcの増大=潜在的な社会探索の意識潮流)が強まり続けてきました。社会への関心が高まるにつれ、勉強会等で身近な場を超えた人と答えとを求める動きも目立つようになりました。外向欠乏は、突き詰めれば次代の社会の答えとなる認識の欠乏なのです。
その後の世界経済危機や311の震災以降は、誰もこのままの社会がもつとは思えず、先を見通したい、「今後どうなる?」という意識が高まり、それがネット上の事実探索(ブログやツイッター)の興隆としても現れています。国家がガタガタである以上、数年の内にも「自分達で何とかするしかない」という意識が高まり、認識欠乏が顕在化するはずです。
続けて、新しい認識は何故最強の活力源になるのかを見ていきましょう。
なぜなら、人類の最先端機能は観念機能であり、従って答え(に近い認識)こそが、人々の意識を統合すると共に、その答えが人々に活力を生み出し、その認識が人々の全ゆる行動の指標(モノサシ)となるからである。従って、答え(となる認識)は、まぎれもなく最先端価値であり、その下に全てを収束させる統合価値ともなり、全ゆる行動を導く指標価値ともなる。
そして『認識』は、それが当り前のものと成れば成るほど、絶対的な共認圧力と成って末端まで貫通した統合機能を獲得する。
しかし、普通の言葉がそうである様に、当り前になるほどその圧力は意識されなくなり、従って活力源としての機能が弱くなってゆく。逆に、新しい認識は、(最先端の外圧に対応する)最強の活力源となるが、末端にまで共認されない限り、万人の統合機能たり得ない。従って、『認識』は各人の日常的な最先端価値(=統合価値=評価指標)であり、また基礎的に社会を統合する機能をも果たしているが、それ自体は社会を統合する最先端機能たり得ない。社会を統合する最先端機能は別に要る。
外圧は刻一刻と移り変わります。最先端の外圧に応じて常に最新の認識を作り出し、新たな期待とそれに応える認識への評価で日常的な圧力=活力を加圧する仕組み、それも誰もがその評価競争の圧力の中に身を置いているような仕組みが必要だということです。それは、どのようなものになるのでしょうか?
■社会を統合する最先端機能とは?
既に『超国家・超市場論3 置かれた環境を貫く闘争圧力を把握せよ』 [23]で触れたように、人類の最先端機能は、最末端まで貫く同類闘争の圧力を大前提にしており、それなしには成立しない。では、大前提となる次代の同類闘争圧力とは何か?それは既に、前稿で明らかにされている。即ち、人々の認識欠乏に応える認識競争の圧力こそ、まぎれもなく新たな同類闘争の圧力である。この認識闘争の圧力が最末端をも貫く圧力にまで成長すれば、それに応える『認識闘争の場』は人類の最先端機能となり、全てをその下に収束させた社会統合機能となる。
つまり、私権闘争・掠奪闘争を止揚した次代の人類の最先端機能とは、最先端の認識闘争=評価競争の場となる『認識形成の場』そのものに他ならない。
現状でも、ネットを中心に情報発信の場は無数に有ります。しかし、人気という一定の評価圧力はあっても、評価軸は人それぞれで、社会的な評価共認が形成されることは無く、同類闘争の圧力が最末端まで貫くまでには至っていません。
信頼度は低下したとはいえ、社会的な情報発信と共認形成には未だマスコミが力を持っている事が大きく影響しています。マスコミの発信によって、事実に基づいた状況認識は阻害されています。また、殆どの人がマスコミによって近代思想に染められている為、問題意識が生じるそばから近代思想に絡めとられ、既存の価値観を超えた判断や評価には至りません。
旧い外圧に応じた社会が統合不全に陥ったならば、まず最先端の外圧を捉えなおす必要があります。また、新たな社会を作るには、自然の摂理や人や社会の歴史的事実の構造といった、新理論を構築する足がかりとなる認識を学ぶことも不可欠です。
震災を契機に事実を求める意識が急速に高まり、社会を作り直すチャンスです。まずはマスコミの発信を超え、より多くの人が外圧状況や普遍構造といった事実を知り、新たな共認形成の土壌を作ることが急務です。対面やネット(例えば伝播力のあるツイッター)を通じて、皆の役に立つ事実を無心に伝播・共有し合い、既存のメディアによる共認支配を超えていきましょう