2011年02月22日

父権制と力の原理の関係構造仮説(イラン高原)

先日、「父権制への転換仮説(西アジア)」を提起しました。

7800~5700年前の最温暖期に辛うじて生存可能となったイラン高原において、父権制遊牧部族が登場した。彼らは元々はコーカサスやアナトリアにいた狩猟(勇士婚)部族or狩猟派生の牧畜部族であったと考えられる。

それを前提に、父権制と力の原理の関係構造を追求してゆきます。
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哺乳類の集団は(チンパンジーを除き)母系制である。原始人類は単位集団で生存してきたわけだから母系かつ父系であった。1.5万年前弓矢の発明によって、洞窟を出て以降も狩猟部族・採集部族は母系であった。このように母系が自然の摂理である。それが父権制に変わると、どうなるのか?
父権遊牧部族が共認原理から力の原理に移行していった要因として、二つ考えられる。
【1】物的欠乏と部族間自我⇒富族強兵共認⇒自我・私権収束を力の原理によって統合した。
原始人類は洞窟の中で暮らしていたが、1.5~1万年前、弓矢の発明によって地上に進出し栽培・牧畜によって人口が増え、部族間に緊張圧力が働くようになる。そこで比較的豊かだった採取部族は他部族と友好関係を構築するために相互に贈与をした。それに対して、遊牧部族は元々狩猟や牧畜では食えなかったから遊牧に転じたわけで、一貫して食えなかった部族であり、物的欠乏の強さが遊牧部族において部族間の相対自我⇒富族強兵共認を成立せしめることになる。とりわけ、過酷な生存環境にあるイラン高原ではなおさらである。

遊牧部族は元々は牧畜集団だったが、乾燥化など自然環境の変化で食えなくなると、母集団(拠点集団)から斥候部隊を派遣することになった。斥候とは危険な課題なので男だけの集団である(これがそれまでの共同体集団と違う点)。生産力という点では一箇所に止まるよりも移動した方が有利であり、それ故、派遣部隊(男部隊)は次第に規模が大きくなり、移動距離も長くなり、滅多に母集団に帰ってこなくなる。そこで性の問題が発生する。母集団が帰ってきた時に女を供給していたが、移動距離が長くなると、派遣集団が母集団に「女をよこせ」と要求するようになり、こうして父系嫁取り婚を共認した史上初の父系集団が登場した。
そこでは、遊牧部族の生産手段である羊等は氏族の所有物となってゆき、さらには婚姻を通じて発生する婚資(婚姻料、娘の持参金)は氏族の共有物でさえなく、家族や個人の所有物となっていった。このように遊牧部族はかなり初期の段階から、私有権が共認された私権社会に転換している。
なお、氏族レベルの私有意識は婚姻制度とは関係なく成立するが(但し、父系嫁取り婚は氏族の自我・私有意識を大いに高めた)、個人レベルの私有権は、婚姻制度を媒介にしてはじめて成立する。

「9/23なんでや劇場 (2)~私権意識の成立構造」
ここで重要なのは、自我発で私有権が共認されたのではなく、部族全体の富族強兵共認ができてはじめて私有権が共認されたということである。
物的欠乏と部族間の相対自我⇒富族強兵共認⇒その正当化観念⇒富の拡大欲求⇒略奪闘争と私有権。これが私権意識の原点である。こうして部族自我と富の拡大(富族強兵)が共認された以上、富の拡大欲求に貫かれて氏族自我、さらには個人自我が増大してゆき、氏族の、次いで個人の私有権が共認されるのは必然である。
ところが、自我は「自分以外は全て敵」とする。しかし、「全て敵」である以上、共認は成立せず、従って共認機能で止揚・統合することはできない。従って、この様な自我と自我がぶつかり合い、欲と欲がせめぎ合う私権闘争は力によってしか制圧できない。従って、その集団は共認原理では統合できなくなって、力の原理に移行してゆくことになる。
【2】女たちの存在不安→自我収束→規範破り(不倫)の増大を力の原理によって統合した。
母系→母権集団では女たちは生まれたときからずっと一緒であり、女同士の結束や安心感、つまり共認充足は高い。ところが父権制になると、女は一人で他集団に嫁ぐことになる。嫁ぎ先では、女たちの生まれや育ちはバラバラなので、女同士の共認充足は低下し、共認収束力は低下する。そうなると、女たちは存在不安から自我収束し、不倫や規範破りが多発したはずである。
不倫や規範破りは集団の統合を破壊する。父権遊牧部族はどうやって集団を統合しようとしたか? 
ここでも、力の原理による制裁を加えたと考えられる。
その傍証として、哺乳類で例外的に父系制であるチンパンジーでも、オスたちが浮気メスに集団リンチを加え、そのメス、あるいはその子供を殺して終う場合もある。現在の未開部族を見ても、父権部族では、不倫・姦通が絶対タブー視(死罪を含む)されている部族が非常に多い。あるいは、モーゼの十戒「汝、姦淫するなかれ」やアダムとイブの神話をはじめとして、不倫・姦通を戒める規範や伝承が残されている。
5_chimp_461.jpg
「狩をするチンパンジー」
画像は「知られざる人類婚姻史と共同体社会」からお借りしました。
こうして、父系遊牧部族では、増大する自我・私権意識を制圧するために力の原理によって集団が統合され、規範破りに対する厳罰や処刑が執行された。そのためには「規範破りは殺さざるを得ない⇒殺してもよい」という観念が共認されたはずである。
この観念は「敵は殺してもよい」に容易に拡大する。5500年前のイラン高原で「人類同士が殺しあってはならない」というタブーが破られ、人類最初の略奪闘争(戦争)が勃発したわけだが、その前提に、部族内の不倫・規範破りに対する極刑→「規範破りは殺してもよい」という観念共認があったからこそ、容易に「敵は殺してもよい」という正当化観念に転化したのではないだろうか。
まとめると、

父権制遊牧部族では、
【1】物的欠乏と部族間の相対自我⇒富族強兵共認⇒私有意識と自我の肥大。
【2】父権制への転換→女たちの存在不安⇒自我収束から不倫をはじめとする規範破り。
【1】【2】による自我⇒規範破りを制圧し集団統合を維持するために、父権遊牧部族は力の原理に移行し、力第一の価値観が形成された。
これが父権制遊牧部族が力の原理に移行し、力第一の価値観が形成された原因仮説である。

但し、この仮説はイラン高原の父権遊牧部族には当てはまるかもしれないが、モンゴル高原の遊牧部族には当てはまるのか?
なぜならば、狩猟(勇士婿入り婚)から遊牧(父系嫁取り婚)に転換したイラン高原の遊牧部族と、14000年前までスンダランドで採集(総遇婚)で、モンゴル高原に入って以降、遊牧(父系嫁取り婚)に転換したモンゴル高原の遊牧部族では、自我・私権意識の成立構造や在り様に何らかの違いがあると想定されるからである。
今後、その問題を追求してゆきたい。
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コメント2件

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