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中国の部族移動の歴史1 ~プロローグ~

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画像はこちら [1]からお借りしました。
 
今年は、9月に尖閣諸島での衝突事件が発生し、日中間の緊張が高まりました。
(ex.レアメタル対日禁輸、日本の建設会社社員拘束etc.)
 
また、日本が直接関与していないものの、中国の反政府活動家へのノーベル平和賞授与、北朝鮮による韓国砲撃など、東アジアにおける緊張圧力が急激に上昇しています。
 
もちろん、この間の状況変化は、東アジアだけで完結しているものではなく、旧来の米国支配体制終焉が加速し、東アジアにも影響を及ぼしている可能性が高いと考えられます。


日本としても、既に従来の米国偏重外交では共倒れになるのは目に見えており、近隣のアジア諸国との関係を見直し、諸外国とどのような関係を構築していくかが、日本の将来の方向性を考える上で、重要な課題となっています。
 
なかでも、ユーラシア大陸で巨大な国土を持つ中国との関係構築は、目先の感情論を除して、真剣に検討していく必要があります。
その中国との今後の外交政策を考える上では、様々な部族の共存・支配-服属関係を内包してきた中国という国家・社会の成り立ちを知ることは必須です。
 
とりわけ(フェニキア→カルタゴが欧州金貸しの源流であると同様に)中国の商業部族が現在の客家や華僑の源流である可能性も高く、今後の世界経済の動きを予測する上でも重要な問題であります。
※欧米の金貸しに対して彼らがどう動くのかを考える上でも、その起源を解明することは有意義な課題だと捉えられます。
 
そこで、今シリーズでは、三代(夏・商(殷)・周)の時代に遡り、中国の部族移動の歴史(古代王朝(部族連合)の成立や商業部族の誕生を含む)を探っていきます。
 
主要課題
【1】龍山文化・夏・商(殷)・周はどのようにして成立したのか?
中国では、遺跡等により古代王朝(部族連合)存在が確認されていますが、まずは、どのような部族が、どのような外圧を受けて、古代王朝を築いていったのかを整理していきます。
 
【2】商業部族とは何者か?
古代中国の部族連合国家である夏や商(殷)は、商取引を生業としていたと言われています。
商業部族は、水路・陸路を移動して、各地の部族との交易で益を得ており、遊牧部族と掠奪部族の中間的存在と言えます。
遊牧部族が商業部族になったのか?掠奪部族が商業部族に転じたのか?あるいはまた別の部族なのか?を探っていきます。
※夏王朝(部族連合)をつくったのは、中央アジアから長江方面に移動したモンゴロイドの一派であるチベット族の可能性が高い。
⇒夏部族は一体どの程度、商売性や掠奪性を身につけていたのか?
 
【3】チベット族・モンゴル族・ツングース族の分布
三代以降も、中国大陸では、チベット族・モンゴル族・ツングース族を中心に、諸部族の(衝突→)移動が繰り広げられています。
中東における略奪闘争に押される形で、チベット族が圧力を受けたことに端を発していると考えられますが、この民族移動→分布の大きな流れを押さえていきます。
 
【4】ツングース族(鮮卑)の中原制覇
日本との関係で重要なのは、日本から遣隋使・遣唐使を送った隋や唐が挙げられます。この隋・唐はツングース族の鮮卑がつくった国家です。漢民族ではなく、ツングース族が中原を制覇できた背景についても探っていきます。
 
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