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10/17なんでや劇場(7) 現代~近未来 対象への同化こそが新しい認識を作り出す

シリーズ「社会共認の歴史」の最終章では、過去の歴史を読み解き、未来はどうなるのか?そしてどうすれば良いかの最終回答が用意されています。
 【6】現代~近未来は? 

ここまでの流れは、本能次元の秩序収束⇒共認(仲間・課題)収束⇒観念(認識)収束という流れであるが、これは本能機能⇒共認機能⇒観念機能という人類の進化過程(実現過程)をそのままなぞっている。
このことは、現代~近未来が実現の時代であることを示しており、社会期待として捉え返せば、実現期待の時代に入ったとも表現できるだろう。
では、共認収束⇒認識収束の時代生き残ってゆくために必要なものは何か?

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それは、共認充足と(それを母胎にした)実現である。
充足を生み出すには、相手に同化する必要がある。実現するためには、対象に同化する必要がある。つまり、今後必要とされるのは、対象に対する同化であり、同化能力こそが現代~近未来の最終制覇力(実現力)であるということになるだろう。言い換えれば、観念力を鍛えるためにも、言語能力を磨くためにも、同化能力を鍛えるというのが最終回答になる。
同化能力の形成過程は3段階に分けられる。
①赤ん坊は、学習本能によって、トコトン真似る=同化することで吸収する。
②小学校~高校では、観念力の基礎となる言語能力を鍛えるには徹底した暗誦・反復であり、その効果は実証済みである。ex.類塾の事例では、暗誦用テキストを毎晩15分反復した生徒は、半年で偏差値が20ポイント上昇した。
③問題はその先にある。5/30なんでや劇場「観念力を鍛えるには?」 [2]で最後に提起した問題は「現在は旧観念に代わる新理論が求められる時代だが、新理論の創出にはどのような能力が必要とされるのか?」である。では、新しい認識はどのようにして出てくるのか?

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まず興味or疑問をもって対象に同化すること。その際、蓄積されてきた事実認識群が同化する手掛かりになる。
例えば、今日の事例で言えば、部族連合の時代はどういう時代か?を、今日は「その時代の社会期待は何なのか?」という問題意識をもって、これまで蓄積された事実認識群を総動員してその時代に同化してみた。そのようにして対象に同化すれば、何らかの新しい認識が生み出される。
従って、対象に同化しさえすれば新しい認識が付け加わることによって、より正しく状況が掴め、もって事実を追求すること(原因を追求すること)が可能になる。
新しい認識の創出は超難問というイメージを抱く人が多いが、問題意識を元に対象に同化しさえすれば、誰でも新しい認識を生み出すことはできる。
問題は、この思考パラダイムに転換できるかどうか?
古代宗教や近代思想はこれと逆のパラダイムにある。そこでは初めから答えは決まっており、「神」も「人権」も最終回答である。実際、古代宗教や近代思想が提示する観念群は、それが登場した時から全く進化していない。
だから、そのような言葉を発した途端に誰もが思考停止に陥ってしまう。実際、現在の学者たちも何も生み出していない。それは、彼らが観念信仰に囚われているからである。つきつめれば、彼ら御用学者が振りかざす観念群は彼らの飯の種であり、つまるところ彼らは己の私益のために追求しているからである。
それに対して、対象に同化しさえすれば、素人でも新しい認識群を生み出すことができる。そこで重要なことは、我々は対象に同化するために追求するのであって、私益のために追求するのではないということである。
また、古代宗教や近代思想は価値観念であるが、同化することによって獲得される認識は事実の認識群である。そこには善悪などの価値判断は入っていない。認識収束の時代において、価値観念では万人が共認することはできない。
ex.仏教徒とキリスト教徒が同じ観念を共認することはできない。事実だからこそ万人が認識を共認できる。
だからこそ、その認識が統合原理となり、万人が紡ぎ出す事実認識の体系が、次代の社会統合の核となるのである。

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