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人々の意識⇔国家(制度)(4) ~ 私権文明を問い直す(東洋と西洋) ~

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メソポタミアにあるバビロン遺跡(画像はこちら [1]からお借りしました)


かつてわたしたちは、人類文明の発祥を輝かしいものとして学びました。文明こそが、人類を人類たらしめている最も本質的なものであり、今後ともその発展に貢献し続けることが、その果実を享受するために必要なのだと教えられてきたのです。

しかし、その結果が環境破壊、精神破壊であり、その先に滅亡があるならば、果たして文明とは今後とも賞賛され、維持されるべきものなのでしょうか?文明の進展が人類滅亡に繋がっているなら、文明の発祥そのものに滅亡の構造が内在していたのではないでしょうか?

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教科書が「人類の文明発祥の地」として教えるメソポタミア・エジプト・インド・中国は、全て掠奪闘争が繰り広げられた場所であり、それらの国家は、全て掠奪闘争の覇者によって作られた国家である。つまり、今日の「文明」は、全て掠奪闘争によって生み出された文明である。しかも、性闘争や私権闘争や掠奪闘争=戦争、あるいは環境や集団や精神の破壊、更には権力による支配・抑圧・疎外など、人類の罪悪と言われるものの全ては、性的自我(=邪心)を源とする性闘争→掠奪闘争→支配国家が生み出したものである。もちろん、性闘争→掠奪闘争→私権統合国家の流れが人類にとって必然の流れであり、かつこの性闘争・私権闘争系の「文明」が今後も更に進化してゆけるものであるなら、その流れに対して主観的に善悪の判断を下しても無効であり、無意味である。だが、この「文明」の帰結が人類滅亡であるとしたら、人々が戦争や破壊や権力を罪悪視し続けてきたのは基本的には正しかったのであり、それどころか、この「文明」が肯定視されてきたその根幹部そのものの是非が改めて問われることになる
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=2&t=2 [2]

文明が掠奪闘争によって生み出されたのだとしたら、掠奪闘争の発生以前は、どういう社会だったのでしょうか?それは野蛮あるいは未開の闇であって、人類は不幸に身をやつしていたのでしょうか?

この私権「文明」は、人類を含めて全ての生物がその中で育まれ、進化してきた本源集団を破壊した上に築かれている。しかも、自然の摂理から大きく逸脱したその私権原理そのものが、今や機能不全に陥り、人類滅亡の危機が迫ってきた。とすれば、本源集団を破壊して終ったことが、人類の最大の誤りであった可能性が高い。ところが、西洋と東洋では本源集団の破壊度に大きな差がある。従って、この「文明」を見直す上で、西洋と東洋の違いがかなり重要なテーマとして浮上してくる。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=2&t=2#02 [3]

人類が登場してから文明が誕生するまでの500万年、人類集団を生きながらえさせ続けた集団構造こそ「本源集団」と呼ぶべきではないでしょうか。このシリーズでは、「「文明」が肯定視されてきたその根幹部そのもの」を見直すべく、まずは、西洋と東洋での文明のあり方について、その歴史と社会構造の違いを解き明かしていきます

お楽しみに。
 

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