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国の借金900兆円どうなる!?~番外編~利息をとる行為は脱法の歴史?

「国の借金900兆円どうなる!?」シリーズ
【シリーズの題名と主な項目】
   シリーズ1.日本財政の現状は? [1]     
     1.日本財政の現状
     2.日本財政の今後
     3.日本が潰れないのはなんで?~国債引受先とその本質~
   シリーズ2.家計が国債を引受けられるのはあと何年?その先はどうなる? [2]   
シリーズ3.日本国債=日本財政の命運を握るのは? [3]     
     ○では、さらなる新規国債を「誰が」買うのか?
     ○海外の金融機関が日本国債保有を増やしていった時、為替レートが円安に反転すれば、
       どうなるか?
     ○こうなると、政府すら救済しようのない危機局面に入っていく。
     ○国家財政を市場が監視する構造
   国の借金900兆円どうなる!?~番外編「Q&A」集~ [4]     
     Q.借金し始めたのは、いつから?なぜか?
     Q.これ以上、政府が借金しないようにするには、どうすればいいの?
     Q.国民は国の借金の事をどう思っている?
     Q.国の借金900兆円が大丈夫と言われているのはなんで?
     Q.直近の経済政策はどうなっている?→結局、補助金で「無理やり消費」
     Q.製造業の生産量を減らせられないのはなぜか?⇒どうする?
   国の借金900兆円どうなる!?~番外編~「紙幣」は利息が付かない借用証書 [5]
前回の番外編
「紙幣」は利息が付かない借用証書より [5]

「政府にとっての国債」と「中央銀行にとっての紙幣」は、同じ負債性の証券であるにも関わらず、『利子が付くか付かないか』という大きな違いがあります。
銀行から(利子が付く)国債を買い受けた日銀は、小額の利子が付かない紙幣という形にして、銀行に戻しているとも言えます。
一方では利息を払わなければいけない国債を発行する政府と、一方では利息を払わなくてもいい紙幣を発行する中央銀行。70兆円規模で(銀行を介して)政府と日銀でやり取りされている証券で、日銀は一方的に利息を得て、政府は一方的に利息を払わざるを得ないのが現状だということです。
この構造の中で、政府が累積させる債務を、返済することができるのか、非常に疑問です。

というわけで・・・・行き着くところ、「利息」というその仕組みそのものが怪しく、これこそが諸悪の根源とも思えてきました。
そこで利息の歴史を調べてみると結構面白い事実が見つかりしました。
今回は国の借金900兆からは少しそれますが、より根源的な意味で「利子」の歴史を探ってみます。
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キリスト教、ユダヤ教、イスラム教などの古代宗教が利子をとる行為を禁止してたというのは一般的に知られた事実です。(唯一ユダヤ教だけは、異教徒への利子を認めています)
しかし、それらは表向きの話であって、利子の歴史とは、様々な抜け道を見つけて来た脱法の歴史であったのです。
貸し金に対して厳しい規制を強いたイスラム圏でも「ヒヤル」という金融技術によって利子禁止規定を骨抜きにしてました。
ヒヤルの例を説明しましょう。
ウィキペディアより [6]

任意の品(何でも構わない。例えば、本一冊)を、A・Bの両者間で売買する契約を結ぶことによって、利子つき金融と同等の効果を持つ。(この例は最も有名なもののひとつ)
◇〈契約1〉AがBに本を120万円で売る(支払いは1年後)
☆〈契約2〉BがAに本を100万円で売る(支払いは即時)
☆〈契約2〉AがBに100万円支払う
◇〈契約1〉BがAに120万円支払う
つまり、BがAから100万円借りて120万円にして返す、という契約を結ぶことはシャリーアによって禁じられているため不可能だが、このように、本(繰り返すがこれはダミー商品なので、何でも構わない)を売買する契約を二つ組み合わせることで、それと同様の結果が得られる。この任意の商品は両者の間を往復するだけで、実質的には移動しない。

キリスト教ではどうだったのでしょうか?
今を知る為の歴史探求さんより [7]

世界大百科事典 「利子」 の項より
中世のヨーロッパにおいてはスコラの教義によって利子の取得は禁じられた。利子付き貸付けは<神に属する時間を売買するもの>とみなされ、不法とされた。
しかし、商業の発展は信用の供与と利子の取得を必然的なものとした。そのためさまざまな形態の偽装的な利子取得が行われるようになった。
貸借の証書にあらかじめ利子分を含めた金額を記載しておくというのが最も一般的であった。
債権者が債務者の土地を担保とし,地代(レント)の形で利子を得る方法や、一度買った土地を当の相手に売るという偽装売買の方法もしばしば用いられた。後者の場合、土地の買値と売値の差が利子に相当することになる。また定められた期限に返済が行われなかったとして、損害補償金の名目で利子が取得されることもあった。
このような方法のうちで商業活動にとって最も重要であったのは,為替(外国為替)であった。これは,現地の貨幣を受け取ったものが外地において外国貨幣で返済するものであり、利子は両通貨の換算率の中に含まれる。為替は送金のためにも、外国の市場へ商品を送るものが前もって両替商(銀行業者)から資金の貸付けを受けるためにも用いられた。神学者たちはこれを貨幣の交換とみて、利子付き貸付けではないとしたのである。
このように、教会の禁止にもかかわらず、現実には利子の取得は一般化していた。申世末期のイタリアでは一般に年7~10%程度の利子の取得が行われていた。
ユダヤ教徒の場合は,異教徒たるキリスト教徒に貸付けを行う際にかぎり利子を公然と要求した。しかし、実質的に大規模な金融活動を行っていたのはイタリア商人をはじめとするキリスト教徒であった。

ローマ教会は、このような事態に対し、
今を知る為の歴史探求 [7]さんより

1197年 第3回ラテラノ公会議では「利子を取る者は、キリスト教徒として埋葬しない」と決議している。
それがやがて崩れて、カトリック教会では、1517年 第5回ラテラノ公会議では「利子を取る貸し金を認める」と決定した。

まさに教会が金貸しに飲み込まれた瞬間だと言ってもいいでしょう。
国債の仕組みにしても、なんでこんなにややこしい事になるのか?と疑問でしたが、なぞが解けました。利息をとる行為はそもそも闇に塗れた行為であり、脱法の歴史だったのです。現在の金融にはこのような歴史的背景があることを知らねばなりません。
こうして金貸し支配が進むと、やがて 利子とは“市場の強制拡大装置”とという側面を強化していきます。
るいネットより [8]

●“有”利子の場合
借りた金額+利子分を返さなければならないので、借りた側はより多く稼がなければならない。さらに、今ある市場内では利子分だけお金が足りないので市場の外から稼いで(奪って)こなければならない。その結果、市場はどんどんと拡大していくことになる。
※言い換えると市場が拡大しないということは、利子を含めた借金を返せないということと同義であり、現代市場に置き換えると大規模な連鎖的企業倒産=市場経済の破綻を意味する。

国の借金問題にも繋がる重要な視点だと思います。
   

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