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8/10なんでや劇場レポート「金貸しとその手先(特権階級)たちの思惑は?」(5) 特権階級の世界と大衆の世界の断絶と接点

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なんでや劇場レポート最終回です。
今回のなんでや劇場は、過去40年の経済事象の本質を捉え、その背後で暗躍した闇の支配勢力の抗争史を読み解き、さらに今後の世界情勢さらに日本の社会について予測しました。
ここでは、重要な論点として提起された、「特権階級の世界」と「大衆の世界」2つの世界の断絶の構造を明らかにし、そこに接点はあるのか見極めていきます
先回記事では、今後の日本ではTV離れ⇒草の根の共認形成の場⇒ネット収束という潮流が提示されました。
いつもありがとうございます。


ところが、草の根共認⇒ネット収束だけでは、特権階級の暴走は止められないし、大恐慌に対してどうする という答えにならないのです 大衆の共認世界では充足共認・企業の共同体化という実現の論理(パラダイム)が進行中ですが、それだけでは警察国家化・大恐慌に対する答えにはなりません これは特権階級の世界と大衆の世界が完全に断絶してしまったという、人類史上かつてなかった最先端の問題です。
以下、るいネットからの引用。
’10年夏なんで屋劇場ノート8~「特権階級の世界」と「大衆の世界」~2つの世界の断絶と接点は? [1]

●「特権階級の世界」と「大衆の世界」・・2つの世界の断絶と接点は?
しかしながら、情報管制→警察国家色を強める特権階級の世界と、大衆の世界は現時点においては、ほぼ断絶している。これは、私権原理にしがみつき暴走につぐ暴走を続ける金貸しやその手先=特権階級と、私権原理から共認原理に転換し、女原理に導かれて充足基調や企業の共同体化を進めている一般大衆では、よってたつ原理がまったく別物になってしまったからである。
はたして、断絶を深めてきたこの二つの世界に(その断絶の先に)再接点は生じるのか?
接点といっても、充足基調、実現の論理に立つ大衆の世界において、否定の論理に基づく旧型の(例えば特権階級打倒をスローガンに)革命が起こるというようなことは非常にイメージしにくい。事実、「小沢バッシング」にしろ「郵政をめぐる権力闘争」にしても、大衆はまるで別世界の出来事であるかのようにスルーしてしまっている。あるいは、判断保留でフリーズしているというべきだろうか。

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暴走する特権階級の世界を、「暴走トラック」のイメージで捉えるならば、「破滅」「バラバラに分解」あるいは「崖に突っ込んで奈落の底へ転落する」ということになるが、おそらく、既に特権階級の世界は、いくつものブレーキ=安全機構を破り続けて、今や崖を飛び越えて空中浮遊しているのではないだろうか。そして、自滅することが確実であることを大衆は潜在思念で捕らえているからこそ、「勝手にやってれば」とスルーしているのではないだろうか。
つまり特権階級はもはや大衆との接点を持とうとも考えていないし、大衆は大衆で既に空中浮揚している特権階級など無視しているというのが、現状なのではないか
しかしながら、暴走し破滅するからといって、特権階級の世界が大衆の世界と全く無関係であるということにはならない。特権階級が作り出している様々な制度は、大衆の世界を拘束している。しかも、彼ら特権階級は変わるつもりも能力もないのだ。
二つの世界が断絶したままでは、特権階級の暴走を止めることはできない。たとえ彼らが自滅してくれても、国債という重石は、私たちの生活を蝕むし、失業(役割の喪失)という現実、情報統制という現実は共認充足を求める私たちの共認世界に大きな影響を与える。だとすれば、二つの世界の接点は、大衆の側からつくりだしていくしかない。

☆断絶した2つの世界の本質は何か
権力VS大衆という構図で捉えると、権力側は私権原理であり、私権世界全体が空中浮遊していると捉えられます。一方、大衆は共認原理であり、だからこそ女原理、充足共認、共同体化が進んでいる。だからこそ日本は世界大恐慌下でも秩序維持が可能ですが、共同体的(共認原理的)な基盤が存在しない米・中は共認原理へ転換できずに社会秩序全体が崩壊に向かいますが、欧州は一部に共同体的な土壌を残している地域があり、まだら模様になると考えられます。
断絶した世界の接点が必要になりますが、その接点は社会共認の形成です。暴走する特権階級の側が大衆の側に歩み寄る可能性はゼロである以上、大衆の側から接点をつくるしか可能性はありません。つまり、充足共認や企業の共同体化という身近な次元から、日本や世界をどうする?という社会的な次元にまで大衆共認をジャンプアップできるかどうかが課題となります。
一方、20年に亙って暴走し続けてきた特権階級は最後の暴走(ドル・米国債の暴落)を目論んでいます。その姿は奈落の底に落ちてゆく直前の(現実=大衆共認から断絶した)「空中浮遊」している段階だと捉えることができます。
☆そこで止めを刺すのは誰か
可能性があると考えられるのが政治家です。

●空中浮遊する特権階級(金貸し、官僚、マスコミ)に止めを刺すのは、大衆発の社会共認を受け止める政治家たち
おそらく、そのような大衆発の社会共認を受け止める形で、現在の特権階級に止めを刺し、制度の壁を突き崩す役割を担うのは、政治家になるのではないだろうか。
官僚やマスコミが、制度の枠内で特権を貪り大衆から遊離し、まさに空中浮遊しているのに対して、政治家は地元(講援会etc)という根っこを持っている。彼らには選挙という洗礼があり、後援会etcを通じて、大衆の現実とつながっている。要するに、根無し草の官僚やマスコミと違って、政治家には地元民という根っこがある。だから現に、ロックフェラーによる官僚、マスコミ支配が徹底した現在においても、デビッドは政界の一部の政治勢力しか支配できていない

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ドル暴落後の大恐慌下では、至るところで答えを求める大衆の草の根共認の場が形成され、その多くが情報を求めてネットに収束してゆくだろう。そして、やがて国家紙幣、金融規制、マスコミ規制、官僚交代制(参勤交代制)を主張する新政治勢力が登場するだろう。この新勢力が成長してゆけば、旧政治家は大衆発の社会共認に寄り沿おうとする勢力と、あくまでも金貸し特権階級の側にしがみつこうとする勢力に二分される。おそらく労組系、地元系、欧州貴族系(鳩山グループ)及び小沢系は分裂し、その一部は大衆の側につくだろう。そうやって新勢力主導の新政権が樹立される。
勿論、断絶したこの2つの世界をつなぐためには大衆の側が、単なる遊びの話や仕事のマジ話というレベルからジャンプアップして、政治や経済や世界の話へ、つまりは「社会的共認形成」へと向かって行かなければならない
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空中浮遊し奈落の底へ落ちようとしている「特権階級の世界」と身近な現実で共認形成の場を形成しつつある「大衆の世界」この2つの世界の断絶と接点こそ、継続して追求すべき最も新しいテーマであるように思います

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