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庶民による社会統合気運の高まり その最先端の潮流を探る8 ~公務員制度の問題~

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画像はこちら [1]からお借りしました。
 
 国も地方も財政難や全面的な行き詰まりに陥り、多くの人々は先の見えない不安を抱え活力も衰弱しています。(そのような社会にならない為にも)国や地方を統合する役割を担っているはずの公務員は今や特権階級化して自己保身に向かう一方です。むしろ最近の官僚の暴走にみられるように、社会状況を悪化させている張本人とも言えます。
 
 もう一つの問題として、「公務員は手を抜いたらどこまででも手を抜ける」ということが言われますが、これが意味するのは、「監視圧力が働かない、評価圧力が働かない」といった一般社会では当たり前な、真っ当な外圧が働かない特殊な空間に居るということです。
 このような自分達の縄張を作り上げて不透明にし、大衆が介入できないシステムが強く形成されたために、全面的に公務員が特権化し、暴走まで許してしまっている状況です。しかし、本来、社会を統合していく課題は、みんなが必要としている(=みんなの役に立つ)最も充足できる課題です。この課題が活力源となるように制度を組み替えていくことは、閉塞を突破するために不可欠です。
 
 そこで本記事では現在の公務員制度の問題を見ていきながら、次回記事と併せて今後どのような制度改革が必要かを追求していきたいと思います。
応援ありがとうございます!


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日本の正規雇用、公務員における終身雇用制度は、いまや雇用市場における特権階級と化した。 [2]

 ’70年代には貧困を克服したはずの日本だが、昨今では格差の拡大、貧困層の増大が問題視されてきている。その原因は、日本が高度経済成長を体現していた時代には合理的だった企業の正社員(または公務員)となり終身雇用という立場で保護されるというシステムが、バブル崩壊以後、システム不全をおこしつつあるのに、以後20年たった今でも、抜本的な改革もされずに放置されていることにある。
   
 ここ数年の、雇用市場における諸問題を分析されば、多分に大企業の正社員や公務員だけが保護され、下請けや非正規雇用が捨て駒にされている現状が、目に見えて分かる。
すなわち、日本において、大企業の正社員や公務員は、下請けの中小企業の社員や非正規雇用労働者に対して、労働する上で極めて恵まれた立場にあるのだ。これは、雇用市場における一種の特権階級ではないだろうか?
  
 残念なことに、今の日本では、雇用市場において、身分制度ができあがってしまったのだ。いや、バブル崩壊以降の経済低迷および、特権階級の暴走によって、かねてから日本の雇用システムに内在していた身分制度的な要素が、顕在化したと言ったほうが正しいだろう。
  
 また、やっかいなことに、この雇用における身分制度は生まれながらの固定制度ではなく、特権階級に入れるかどうかは、大学新卒時の一発勝負にかかっている
(基本的に再チャレンジの余地はない、それは特権階級から転落した場合も同様である)。
  
 このような制度があるために、日本では私権という概念を未だに多くの国民が引きずっているように思えてならない。また、雇用において特権階級に属することに成功した人間達は、何としてでもそこにしがみつき、居座ろうとする。ましてや、特権階級に居座ることも楽ではない現状ゆえに、彼らの下級身分のことなども眼中にない暴走は、歯止めがかからなくなっている。彼らが、派遣切りにあった人たちなどを、どのような事情があったかも考慮せず、自己責任と決めつけるのは、まさにその象徴と言えるだろう。
  
 この雇用身分制度をかたくなに維持しようという勢力(大企業の労働組合など)によって、日本の雇用市場は硬直化し、流動性がなく、国民が多様な生き方の模索や、再チャレンジさらには市場ニーズの移り変わりに対する、産業バランスの柔軟な変化が非常にしづらい環境となっている。
  
 またこの制度における特権階級であるはずの、大企業の正社員という立場においても、鬱、過労死、自殺(彼らは特権階級の中での生存競争の敗北者と言える)などが社会問題視されている現状が、この雇用システムが抱える問題の根深さを象徴している。
 
 上記のような問題を内包する現在の雇用制度を抜本的に改革しないかぎり、
この日本において真の共認統合を実現することは極めて難しいのではないだろうか?

 
官僚暴走の背景:法律は役人にとって都合よくできている [3]

 官僚なり役人なりが特権をもって暴走する背景には、やはり「法律」の存在が大きいと感じました。以下、逝きし世の面影(リンク)からの抜粋です
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『日本の法律の問題点』
 外国から見ると、日本の法律は実に奇妙に見えるようです。一言で言うと、役所にとって都合の良い法律である。
 
 日本の法律の多くは、罰則を背景とした義務や禁止事項を課すことにより、市民や企業などの自由を制限している。これは別に悪いことではないが、お役所の行動となると、お役所の裁量にゆだねられることが多い。そして、お役所がしなければならないことについては、罰則規定がほとんどない。そのため、日本の法律の多くは、国民については「○○をしなければならない、してはいけない」となっているのに対して、お役所については「○○ができる」となっているようだ。
 
 お役所の行動規範としての法律が曖昧であればあるほど、お役所は気分しだいで動いたり動かなかったりすることができる。したがって、法律がお役所のためにできているのであれば、お役所の介入を制限するためではなく、なるべく柔軟に、介入する義務はないが、いつでも介入できるような書き方になっている方が好都合である。行動するかどうかの裁量の余地が残されるだけでなく、その裁量の行使について市民がクレームをつけることが難しくなり(明確な規定がなければ、義務違反をなかなか指摘できないわけだ)、行政行為に関する責任の所在が不明瞭になるというメリットもある。
 
 国民に対して、「アレをするな、コレをしろ」と命じ、違反に対しては罰則をもってする法律が、役人に対しては、「コレはできる(コレをしなければならない、ではないことに注意)」と裁量権を保障し、罰則もない。つまり、「できる」ということは「(気分しだいで)してもよいし、しなくてもよい」ということに他ならず、まさに「裁量」以外の何物でもないわけだ(これを「役人にとって都合が良い」と言わずになんと言おう?)。
 
 上記の法律観(法律は役所にとって都合がよいように作られる)から得られる帰結の一つが、「法律は、お役所の権限と威厳のためにある」ということだ。(不定期更新 思索日記から一部抜粋)
【逝きし世の面影よりリンク】
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引用終わり

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 現在の公務員はどれだけ市民に向き合っているのか?というと、現在では利権獲得に邁進し、市民の期待に応えていくという意識は極めて少ないのだと思います。ここには、現在の公務員(役人)選出方法=試験制度が大きな影響を及ぼしていると考えられます。みんなのことを考えていなくても、自分の点数さえ良ければ着任できるのですから。しかし、これは社会統合を担っていく上では致命的な問題です。社会を統合するには、どれだけみんなのことを考えられるかが本当に必要な能力なのです。
 
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社会における有能・無能とは [4]

 エリート(高学歴者、官僚etc)批判は様々なところで耳にする。使い物にならない、すなわち「無能」であるという少々過激な表現まで飛び出しているようだ。実態としてこういう声が噴出しているということは、それだけ多くの人がそれを実感しているのだと思われる。
 
 とはいえ、エリート層を対象にして「無能」呼ばわりできる人が世の中にどの程度いるだろうか?少なくとも、「勉強」に代表される何らかの点で高い能力を有しているはずだし、実際何でも器用にこなす人間もいる。そして何より、一般的に「エリート=能力の高い人」というイメージが形成されているのも事実だろう。
 
 ただし、これは「個人の能力」という観点で有能・無能を分けているから生じる発想だと気付いた。先日、ある経営者がこのようなことを仰っていた。
 
 『自分のことしか考えていないのが無能みんなのことを考えて追求するのが有能』
言われてみればそうだ。社会すなわち「みんな」の目線から見れば、例え何かを遂行する能力が高くても、それがみんなにとって役に立つものでなければ無能。むしろ、自分の欲求ばかり満たそうとするから周りにとっては有害だろう。有能と無能を分かつもの、それは『周りのことを考えているか、自分のことしか考えていないか』である。

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 改めて、現在の公務員制度の問題点を整理すると、以下のような事項が挙げられます。
自己保身が主で、本当にみんなの為になる政策が出来ない。
試験制度の問題(試験制度の問題性はどこにあるのか? [5]
既存の制度で考えてしまう公務員が旧来の枠から出ようとせず、改革には断固として反対する既得権益の固持。
今も最も旧い私権原理に縋り、共認原理への転換が遅れている
公務員(特権階級(官僚))の暴走を止めるシステムが無い。(特権官僚の暴走を止めるシステムがない [6]
監視圧力が働かない=プラスもマイナスでも評価圧力が働かない。
みんなが社会を考えることが出来るシステムが無い。
 
 逆に言えば、社会統合が充足課題として、活力源となる制度への転換が、カギになっていきます。
 次回は、上記の問題部分を突破しみんなが社会を統合出来るシステムについて追求したいと思います。最後まで読んで頂きありがとうございます。
yamatetu
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