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庶民による社会統合気運の高まり その最先端の潮流を探る7 ~万人参加の社会統合組織~

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画像はこちら [1]からお借りしました
 
庶民発の社会統合気運は、「私権圧力の衰弱→特権階級の暴走→(本能次元で直撃する)秩序崩壊の危機⇒新たな秩序構築の必要性」という社会状況を受けて、潜在意識化では今後ますます高まっていくだろう。
 
この気運を顕在化させていくには、庶民による社会統合組織の骨格を具体的に提示していくことが必要だろう。
 
この課題の最重要ポイントに関する提起を紹介したい。

~前略~
万人が属している社会を統合する仕事は、万人によって担われなければならない。それに本来、社会を変革し、統合してゆく仕事ほど、面白い、充実できる仕事は他にない。その大切な社会統合の仕事を、国民に選ばれた訳でもないのに、官僚や学者やマスコミが独占し、自集団の利益を第一にして甘い汁を吸っているという仕組みが、根本的におかしいのだ。そうである以上、当然彼ら夫々の集団の利益第一となる方向に、社会は歪められてゆく。その結果が、どう仕様もないところまで行き詰まった(そして大破局が迫っているにも拘わらず、誰一人解決策を提示できない)この末期状態だったのである。
集団を超えた次元に存在する社会を統合(もちろん変革も)する為には、単独の集団原理とは全く異なる原理の統合組織が必要なんだという事に、未だ誰も気付いていない。しかし、万人が参画できる、社会統合組織の条件は簡単で、二つだけである。社会統合は、全員が担うべき当然の役割=仕事だとすれば、その仕事に対してそれなりの収入が保障されなければならない。しかも誰もが何らかの専業に就いているとしたら、この組織は誰もが副業として担うことができる半事業組織でなければならない。例えば、社会を統合する上で重要なのは、人々に参加を呼びかけ内容を説得して共認の輪を広げてゆく仕事であるが、この様な仕事に対して収入が保障されるシステムさえ作れば、誰でも副業として社会統合に参画できる様になる。収入保障は万人が社会統合に参画する為の不可欠の条件であって、私益追求の為の仕事は収入になるが社会統合の為の仕事は収入にならないというのでは、特殊な思想・信念に固まった人しか動かないのも当然である。
それに、全員の社会を、特定の思想に固まった集団が動かすというのは、大きな間違いである。万人の属する社会を導くことができるのは、万人が認める事のできる事実に基づく理論体系(=科学)だけであって、特定の思想などに社会を統合する資格はない。これが社会統合組織の、もう一つの条件である。即ち、金儲け主義者であれ、共産主義者であれ、あるいは全くのミーハーであれ、いかなる思想の持主であっても、そんな事は全く自由であること。また、企業であれ、市民集団であれ、宗教集団であれ、他のいかなる集団に属していようが全く自由であること。これらの条件を充たす、集団原理を超えた社会統合システムの原型となるのが、半専任(副業)の人々で組織されたネットワーク集合である。共認の輪を広げてゆく仕事の成果に応じて収入を保障するシステムによって組織されたネットワークの下では、各人の思想や集団の違いなど、どうでも良くなる。また、このネットワーク集合なら、皆等しく半専任なので官僚化(=専任特権化)の危険を完全に無くすことができるし、常に強い成果圧力が働いているので、公務員に見られる様な「親方日の丸」に陥る危険も完全に払拭できる。
~後略~
実現論 序文「ト.万人が半専任(副業)として参画する」 [2]より

新しい社会統合組織には、
収入保障のある副業として万人が参加できる半事業組織
万人が認めることのできる事実に基づく理論体系を拠り所とする組織
が不可欠の条件となる。
また、万人が半専任で社会統合を担っていくには、継続的かつ定期的に人々が集まって共認を形成していく場が必要になる。また、課題によっては、“期間限定専任”という半専任のスタイルも必要となるだろう。

国家に変わる新しい社会統合機構が、みんなの共認形成の場だとすると、全国民が週1回ぐらいは、何人かで集まって、社会をどうしていくのか勉強し議論する場があって当然なのではないか。
よく考えてみれば、国民が政治に参加するといいながら、その実体が4年に1回の投票などというのはごまかしもはなはだしい。普段何も考えていなくてまともな判断など出来るはずもない。
昔の村落共同体では、寄り合いがあって、みんなで議論し村のことを決めるのはあたりまえのことだった。いまでも、会社の役員は自分たちの会社をどうするか、当然のように議論している。
そして、国民が社会統合のことを考えるのは遊びではないのだから、参加する人には、当然、給与が支払われるべきだろう。必要もない公共施設や、遊ぶための年金に税金をつぎ込むより、社会統合に参加する人に給与を支払ったほうが、よほど国は良くなりそうだ。
社会統合機構の中核をなす、インターネットの統合サイトも、みんなの発信がなければ成立しないだけでなく、発信された内容をみんなが受信して、議論して、評価して初めて社会統合の機能を果たすことが出来る。
その場が、週1回の社会統合の日になる。インターネットの社会統合サイトと、全国民が参加する週1回の社会統合の日。それが国家に変わる新しい社会統合機構のイメージではないだろうか。
るいネット「週1回は社会統合の日 [3]」より

万人参加の社会統合機構の一つの形が、この「週1回が社会統合の日」という方法だ。これは、物的生産やサービス業などの必要な生業と平行して、日常的に草の根的な認識形成を中心とした社会統合活動に参加するというもので、インターネットが強力なツールとなる。
一方、社会統合課題の中には、外交や経済の個別の政策推進など、一定の専任期間が必要な課題が残る。これは生業と平行して取り組むことは実態として困難だが、この部分こそ、政治家や官僚の手から万人が担う形にすることが不可欠だ。そのもう一つの万人参加の形態は、一定期間生業から手を離れて統合拠点に活動の場を移す「参勤交代」に近い仕組みになる。
これは、現在の企業や家庭などの生産・生活集団から見れば、人材を一定のサイクルで供出するということだ。生産と生殖・消費を一体化した本源集団の再生は、この仕組みを実現するためにも必要な過程なのだと思う。
るいネット「半専任・半事業の仕組みと本源集団の再生 [4]」より

これらの大きな方向性を念頭に置きながら、現在提起されているいくつかの官僚制度・公務員制度の改革提案を題材として、新たな社会統合システムの可能性を今後追求していく。
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