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私権原理から共認原理への大転換(自分発からみんな発へ)~自分に自信があるのは、敗者のイデオロギーに染まってる証!

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2/28(日)のなんでや劇場「私権時代に求められた能力と、共認時代に求められる能力」
( [1] [2] [3])
を受け、「るいネット」のお題「私権原理から共認原理への大転換(自分発からみんな初へ)」 より、皆の役に立つ投稿を紹介するシリーズの第7回です。
第1回は「潮流1:共認原理と私権原理」 [4]
第2回は「共認力だけが制覇力と統合力を兼ね備えている」 [5]
第3回は’95年、私権原理の崩壊と目先の秩序収束 [6]
第4回は社会貢献が売れるわけ [7]
第5回は中高年層、さあどうする! [8]
第6回はあらゆる圧力を排除する個人主義 [9]
今回第7回は「自分に自信があるのは、敗者のイデオロギーに染まってる証!」です。
やたら隠蔽し、誤魔化し、言い訳するタイプのくせに自分では気がついていない。
それどころか変に自身があってかつ自分では仕事ができると思い込んでる可能性すらある。
こういう人多いですよね。
このようなうまく行かないときに周りのせいにしたり、経営者でもよく不景気だからしょうがないと言ったりしている輩を、なんでや劇場では「自由派」と呼んでいました。

男女役割共認が企業を変える [10]』コラム編~なんでや劇場レポート(2)~より
【3】もっと大量に(広範に)いるのが、都合の悪いことは隠蔽し、誤魔化し、言い訳するタイプ。このタイプは今やあらゆる企業で蔓延しており、危機的状況である。元々、誤魔化しは私権弱者の手法であったが、’90年バブル崩壊のあたりから私権強者にも増えてきた。
バブル崩壊の時は、金融機関のトップが「バブル崩壊は誰も予測できなかったから仕方がない」と言い訳を繰り返した。今やほとんどの経営者が「不景気だから仕方がない」と言い訳している。

さらにこの自由派について、るいネットに参考になる記事がありました。
ここではそれは敗北主義ともいえる「敗者のイデオロギー」であると言っています。
自分主義は敗者のイデオロギーに転落した② [11] それだけではない。生存圧力の消滅に伴って、人々は(自分以外は全て敵とする私権闘争によって封じ込められていた)共認充足の可能性に収束し始めた。
自分=同一化できる対象 [12](村田さん)
>自分探し」や「個性」などといった、上の世代からの押し付けの言葉に誤魔化されず、意識を「みんな」に向けること。「みんな」の中に同一性を見つけること。 [13](井上さん)
そのような中で、考えてみれば現在「自分って何?」という問いが発されるのは、仲間関係であれ仕事であれ上手くいっていない時であろう。
当然上手くいかないと言う事は、周りの期待と自分の言動にズレがあると言う事である。(逆に上手く言っている時はそのような事は考えたりしない。共認充足が第一の時代には上手く言っている状態とは周りの期待と同化できている状態である。)
しかしそこで「自分」に拘ればどうなるか。ますます周りとずれて行き、その結果益々「自分」に拘ると言う悪循環に陥る事は必然である。
それを断ち切るのは、先ず周りの期待を探り、自分を改める道しかない。つまりトコトン周り発の思考に切り替える事しかない。
その意味で今や「自分」主義とは敗者(負けイヌの遠吠え)の思考なのである。
これは2004年に書かれた記事である。現在では「自分って何!」って悩む人は少なくなったように思う。でも自分主義者 自由派に変わったと考えると今やそれが大量に存在していることがわかります。
彼らが使う言い訳は敗北さえも正当化するということであり、今やそれが敗北主義というイデオロギーと化している。
よく見ると彼ら自由派は「自分って何?」という存在不安すら感じていない。
実はそのことに気がつかないことそれ自身がもっとやばいのだ。
この元々、私権弱者の専売特許だった言い訳・誤魔化しがトップを含め至る所に蔓延し、指揮系統がズタズタになり、私権体制の崩壊を加速しているのだ。
続く まずは クリックして

 


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この自分に拘るとどうなってしまうのか露店での事例がありました。

自我回路より共認回路の方が充足できる [14] 「自分」っていうものに拘ってる女の子を露店で見ました。
何を言っても相手を否定し続けて、ずっとずっと自分って言う主張をしつづけたまま・・・しかも1時間も拘り続けているいるその姿を見ていると、だんだん痛々しく見えてきました。心が悲鳴を上げてて、なんだか可哀想と言うか悲しくなってきました。
それに対して、親和共認や役割共認や規範共認etcの共認回路が自我回路を制御(一部は封印)することによって、人格は成長してゆきます。 [15]
誰でも、本当は自我回路より共認回路を使ってる時の方が充足度が高いのを知ってるからこっちに行きたいくせに、自分自分って言う(思ってる)からみんなが去って行って、誰も入れてくれなくて、結局また自分自分になるしかない…って言う悪循環。いつまでたっても、なにをしても、どこにいても、誰といても全然充足できないんじゃないかと思いました。
>自己満足に替わる価値や充足を積み重ねるだけでいいと思う。
>今どれだけ自我が強いかなんて、大した問題じゃない。「で、それがどうしたの?」って思う。人を否定視する気持ちと肯定視する気持ち、両方あるなら後者を伸ばしてゆけばいいだけ。誰にも自我回路と共認回路があるのなら、共認回路を使って自我回路を使わないようにしていけばいいだけのこと。(671 [16]
「自我回路を制御」ってイヤイヤとか我慢とか無理矢理とかで制御していくのではなくて、共認回路の方が楽しいことや嬉しいことが一杯あって充足度が高いから自我が制御されていくって感じなのかなって思いました。

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会社では「仕事で成果を出すにはどーする!」「人材育成どうする!」ってことがよく言われています。それが成功している企業では、よく女子力が活性化の要となっている事例が多い。
イデオロギー化している例としてこんな例もあります「営業が嫌がられるのはイデオロギーだから [17]
これって充足発が重要ってこと。
まさに自我回路より共認回路の方が充足できるってこと。

まさに充足可能性のある方へ向かうことで自分主義者≒自由派が変わる可能性があるのではないかと思います。

[18] [19] [20]