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潮流2:戦後日本の意識潮流

Posted By mokki On 2010年4月1日 @ 8:56 PM In 12.現代意識潮流 | 8 Comments

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(枢密院:画像はコチラ [2]からお借りしました)
前回のエントリーでは、今後の社会がどの様に変わってゆくのかをマクロな視点から見通すべく、人類の集団や社会の統合原理である「共認原理」と「私権原理(⇒序列原理)」の構造を明らかにした。
「共認原理」とは人類固有の統合原理である。人類は原始以来500万年に亘って課題・役割・評価を互いに共認することで、過酷な自然外圧と対峙し集団を存続させてきた。
しかし5000年前頃から、略奪闘争に端を発する戦乱の連続から、強いものが弱いものを従えるという、力の原理である「序列原理」に人類社会の統合様式は大転換する。この武力支配の社会では、例外なく力の序列を追共認した「身分制度」によって社会は統合される。いわゆる封建身分制度である。
では、封建制度から解放されたと言われる、近代(明治)以降は本当に序列原理は消滅したのであろうか?
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明治時代、士族の消滅と藩に代わる中央議会制度の成立によって、序列制度は表面上は無くなったが、1800年来培われてきた序列規範は強く残存し続けていた。
るいネット「潮流2:戦後日本の意識潮流」/a> より引用

明治維新は下級武士たちの手によって、封建支配たる幕藩体制を打倒した一種の「革命」であるといわれている。確かに明治政府は「四民平等」により、士農工商の身分制度は廃止した。そして帝国議会制度を導入した。
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(岩倉使節団:画像はコチラ [4]からお借りしました)
しかし、同時に明治政府は「華族令」を発し、皇族・公家、旧藩主、有力僧侶など400家は「永代華族」の称号を得て、日本における貴族階級を構成する。つまり彼らは全く身分を剥奪されなかったのである。また、明治中期には元老院→枢密院→貴族院が設けられ、その議員は全て華族で占められている。明治時代の総理大臣も全てこの華族が独占し、戦前全体を通じても、華族以外が首相になったのはわずか3名だけにすぎない。つまり政治体制は相変わらず実質的に身分支配そのものである。
ちなみに角度を変えて、当時の庶民と上位層の所得格差を見てみよう。明治25年当時の機織工(女子)の月給が1.7円、人夫(男子)が3.7円である。それに対して大卒の銀行員の「初任給」が35円(機織工の20倍)高等文官(現在の国家公務員1種)が50円(30倍)。閣僚や軍の大将クラスに至っては、500円~800円に達している(300倍から450倍)。凄まじい格差である。
この平民におけるエリートへの登竜門である、大学への進学率も明治時代で3%(旧帝大だけだと1%)昭和に入ってもわずか5%(同2%)である。ちなみに華族の子弟はフリーパスで学習院→帝国大学に入学できたが、庶民においては、官僚や地方の名士あるいは豊かな商人でもなければ、進学はおぼつかなかったのである。

その後、市場の拡大につれて、恋愛や小説や新聞が繁殖してゆき、序列規範も少しずつ衰え始める。しかし、国家の体制が変わっても、集団を統合する新たな統合原理は登場せず、官庁や企業では序列制度がそのまま残存し、現在も序列制度はそのまま続いている。
これは、極めて重大な問題である。まやかしの近代思想に染められた識者たちは、この点に触れることを避け、この問題から逃げ続けてきたが、それは彼らの口にする「民主主義」が欺瞞に満ちた騙しであることを端的に示している。経済破局後の新たな時代に向けて、今求められているのは、日々、大半の時間と精力を費やす仕事の場=企業集団を、いかにして序列原理の集団から共認原理の集団に改造してゆくかという、その答えである。(その答えの一例が、自主管理への招待 [5]です。)
るいネット「潮流2:戦後日本の意識潮流」/a>より引用

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(竹久夢二:画像はコチラ [7]からお借りしました)
明治中期には自由民権運動が起こり、大正期には(市場拡大を背景として)大正デモクラシーが登場するなど「民主主義思想」が日本にも本格的に上陸する。しかし、上記に見られるように表面上の国家体制は変化することがあっても、実質の序列支配はほとんど変わらなかった(身分制度=力の継承が現在も続いていることは、前エントリーでも明らかにしたとおりである)。この序列支配は、日常生活の大半を過ごす職場(企業や官庁)においては、更に顕著である。企業においては社長・部長・課長などの肩書き序列は絶対であり、人事こそが人々の最大の関心事である時代が長らく(今も)続いている。
更に典型的な序列支配は官庁であって、上司の決裁印が無ければ、何一つ事が進まないことは、今も変わらない。それどころか、現在でも中央官庁のエリート達は、入社時の試験の席次によって、その人物がどの地位まで出世するかが決定されるという。生まれながらの身分に代わって、試験制度という新たな身分制度が導入された(序列制度の字句上で塗り重ねられた)に過ぎないのだ。
序列原理は本能原理でもあり、肉体的・本能的な裏付けを持っている。従って、いくら序列原理に異を唱えようとも、それに代わる統合原理が提起されない限り、旧い原理に寄りすがるしかない。
この民主主義といいながら序列制度が濃厚に残存するという決定的な矛盾に、大半の学識者は今まで殆ど口をつぐんできた。それだけではない、学識者達自身が所属する大学という場は、教授-助教授-助手という最も典型的な、序列統合の場である。学識者達は序列統合に胡座をかいて高給与を受け取りながら、口先では民主主義(平等)を唱える。これほど人を小馬鹿にした「欺瞞」はないだろう

戦後になると、’50年代、’60年代の理由なき反抗、怒れる若者たちetcの現象が示すように、序列規範が一気に解体されてゆく。
しかし、それは市場拡大を担う消費の主役として期待され持ち上げられてきた若者たちによる農村育ちの親父世代に対する反抗、主要には個人主義etcの都市的思潮による農村的規範への反発であった。つまり、それは農業から工業への生産様式の移行に伴う変化にすぎない(注:一般には、戦後憲法によって前時代的な序列規範は大きく崩れていったように見られているが、憲法は生産様式の移行に伴う変化を加速しただけである。)
るいネット「潮流2:戦後日本の意識潮流」/a>より引用

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(理由なき反抗:画像はコチラ [9]からお借りしました)
さて、序列制度(封建制度)は戦後憲法によって解体されたという、もう一つの常識が存在する。しかしこれも歴史的事実を踏まえれば正確ではない。
先ほども自由民権運動や、大正デモクラシーに代表されるように、反序列的性格を持った民権運動は市場の拡大と共に拡がってきた。その原理構造を少し立ち入って見てゆきたい。
まず市場拡大は序列規範と決定的に矛盾する。市場は「自由な性市場」=自由な性の空間の需要を母胎として拡大する。例えば、近世における市場の拡大は、宮廷サロンを彩る、宝石や絹や香辛料の需要が生み出した。宮廷サロンとは、当時で言ういわゆる「不倫」の場である。さらに産業革命を促した最大の需要源はレース(絹織物)である。つまり女が着飾るという需要である。日本でも同様で、後に財閥を築く三越は、大奥御用達の呉服商人から出発している。このように、異性の気を引く(着飾る、プレゼントする)ための需要が市場拡大のモーターとなってきたという事実は、興味深い原理構造である。
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(雷族:画像はコチラ [11]からお借りしました)
ところで、序列規範の最末端に「家父長制」が存在するが、この自由な性は、家父長が息子娘の相手を決定する絶対的権限を持つという、家父長制と決定的に矛盾し、全面衝突することになる(因みに、大正デモクラシーの時代は、同時に「恋愛至上主義」が最も輝いていた時代でもある)。
更に言えば、市場では「消費者が王様」であり、消費が拡大しない限り市場は拡大しない。つまり市場拡大のためには消費者(消費需要)を拡大せねばならず、そのためには消費者=国民を賃上げや福祉制などによって「豊か」にしなければならない。このことは私権格差を前提とした序列制と矛盾することになる。つまり、実は市場拡大の現実と、拡大への要請が序列規範を徐々に解体していったのであって、戦後憲法はその下部構造の転換を後押ししたに過ぎない。
これらの「市場的価値観」が、自由恋愛を核とする、個人主義や個人主権(消費者主権)の観念を後押ししたのであって、その市場的=都市的価値観が、農村規範(序列規範)との全面的対立をもたらしのである。

従って、序列規範が衰退しても、貧困が残存している上に、企業には序列制度がそのまま残存しており、身分や私益を追求する私権欠乏は衰えを知らずむしろ強まってゆく。だからこそ、’60年代、’70年代は、自由な性(正確には商品価値の性=自我・私権の性)が花盛りとなったのである。
要するに、戦後も、私権統合の社会であることに何の変わりもなかった。しかし、その間に、恋愛と消費に支えられたマスコミ権力が強固に根を下ろしてゆき、マスコミの共認権力は、資本権力に迫る勢いを示し始める。(注:いつの時代でも、戦争etc激動の時代には国家権力が強くなり、小康・安定の時代には教会etcの共認権力が強くなる。但し、近代以降は、資本権力が国家権力にとって代わって第一権力となっている。戦後も、混乱期は資本権力の方がマスコミ権力より強いが、’50年代・’60年代と社会が安定してゆくにつれて、次第にマスコミ権力が資本権力に拮抗する力を持ち始めてゆく。)
るいネット「潮流2:戦後日本の意識潮流」/a>より引用

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(’68参院選、石原慎太郎、青島幸男、横山ノックなどはこの時大量票を獲得して政界に進出:画像はコチラ [13]からお借りしました)
序列規範は、無制限な私権闘争を封印するという秩序原理を付帯していた。しかし、序列規範が衰弱することにより、それまで力によって押さえ込まれていた、人々の私権欠乏の封印が解かれ、それが雪崩を打って噴出することになる。
その結果、(個人の)豊かさ追求は際限なく肥大し、社会規範はとことん解体されてゆく。しかし、序列統合に代わる統合原理は、社会的には未だ発掘されていない。現在の社会のガタガタ現象は、主要にこのことに端を発するものであり、新たな統合原理を発見し(おそらくそれは「共認原理」しかないと思われる)と、その転換への実現基盤を発掘することが、今、喫緊に求められる最大の課題なのである。
次回以降は、上記の問題意識から、主要に‘70年以降から現在に至る歴史的過程を見てゆくことにしたい。


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