前回のシリーズ6 [1]では、社会あるいは人々の意識を対象化する必要即ち認識の必要に気付けば、対象世界が拡がり、それが自身の思考の引力となっていくことの効果について紹介しました。
今回のシリーズ7からは、現実の諸課題を例に挙げつつ、【認識の必要性】について見ていきたいと思います。
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以下は るいネット注目投稿「現実課題1 仲間世界をどう生きるか」 [2]からの引用です。
☆『認識の必要』は、現実課題たり得るか?
●男女・仕事、その他何をするにも新しい認識(≒構造認識)は、必要かつ有効である。むしろ、答え=認識を得ることこそ、窮極の現実課題だと云える。
●ただ旧パラダイムに支配されて、人々はその答えを知らない。従って、認識の有効性を知らず、従ってまた必要性も知らない
●しかし、当人が現実の課題や選択に迫られない限り、抽象的に認識の必要性を説いても無効である。
●現代の最大の現実課題は「仲間世界をどう生きるか」であり、構造認識はこの具体課題に対しても有効だが、それだと不全派が主対象となる。

若者が、「仲間世界をどう生きるか」の、多様な方法認識を獲得しているということは、それなりに状況認識も形成されているという事である。(実現派をはじめとする若者。但し、不全派はその方法回路が幼稚な固定回路なので、方法認識・状況認識ともその潜在思念は貧弱である

仲間世界で充足しているタイプも、そうでないタイプも、実は彼らなりにその関係世界で生きていく術を自らの経験で獲得してきています。特に仲間世界で日々充足している実現派は、自分がどうすれば、まわりが喜んでくれるか、という視点で常に考えているため、関係手法も多様です。だから、常に多くの仲間に囲まれている。
一方、仲間世界で上手く充足できないタイプの若者達は、どちらかと言えば、仲間作りに苦労(失敗)しているため、どうすれば相手に嫌われないか、自分が仲間外れにされずに済むか、という風に考え、少ない成功事例の蓄積から獲得した限られた手法しか持っていません。
しかし、その方法認識も状況認識も、共に状況イメージに応じた方法認識or価値認識であり、そのパターン認識を含めて、それらは全て本能回路(従って実践思考)の賜物である。但し、方法認識も価値意識も、共に共認充足を巡る方法や±判断が中心を占めているので、正確には共認回路の適応本能的な作動と云うべきだろう
冒頭に【認識の必要】と書きました。これは、人類の最先端機能である観念を駆使し、思考し、その過程で答を見つけ出し、現実を切り開いてくことの必要性ということです。
上記に挙げた充足している実現派の若者も、不全派の若者も、彼らが獲得している関係手法は実践の中で体で覚えてきたものと言えます。
共認回路を適応本能的(=実践思考的)に作動させて形成された方法認識や状況認識は、状況イメージのパターン認識を素材として、それを±整除しor手順化したもので、殆ど言葉化されていない潜在思念の地平にある。注:ここでは、観念原回路(精霊回路)も、わずかしか作動していない。
「仲間世界をどう生きるか」という現実課題では、上記の様に未観念の方法認識や状況認識で充分であって、観念化の必要が薄い。
(「期待・応望」という構造認識は有効だとしても、それを必要としているのは不全派である。あるいは構造認識は、不全派も含めて期待・応望の共認充足が普遍化される為に、必要なのかもしれない
この投稿が発表されたのが2002年です。それから8年が経過しましたが、今なお若者達にとって「仲間世界をどうやって生きていくか」というのは、最重要課題です。ただ、この具体課題に対して構造認識の必要が問われているのは、不全派だけではなくなってきています。
先日もサロンにやってきた20代前半の男性2人と話をする機会がありました。彼らはどちらかと言えば充足派でしたが、そんな彼らは、友人達に喜んでほしい充足してほしい、と考えており、そのためには自身が友人達の悩みなどに答えていけることを目ざしています。その答えをサロンやるいネットに求めているのです。
こんな事例があります。
02年頃は、まだ知人・友人関係は大半が「解脱仲間」でしかなく、サロンのような真面目に社会のことを語り合う場に誘うのは、路上で初対面の人を誘うよりハードルが高く感じられたものだ。
しかし、彼女に聞くと、今は知り合いや友だちとの日常会話の中で、(「答えは無いんですけど…」と言いながら)普通に社会のことが話題に上っていて、その延長線上にサロンを紹介するという行為があるという。そして、すんなり関心を持った友人たちがサロンや露店に参加してくる。
ほかにも、友人つながりでサロンに参加してくるケースが最近は目立って増えた。関係パラダイムの逆転 [3]は一巡し、認識仲間として、もう見知らぬ人も友人も違いがなくなりつつあるのかも知れない。
るいネット「友人関係も解脱仲間から認識仲間へ」 [4]より

いまや、仲間関係にも認識の必要は高まってきているのです。