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どうなる?ネットの可能性~るいネット・共認革命に学ぶ14「投稿者は100人に1人しか居ない」、15「普通の人は、なぜ発信を控えるのか?」

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前稿では、マニフェストみたいな投稿は読みたくないことはよく分かりました。また、そんな投稿など我々一般人にはなかなか出来ない。 🙁
でも、それだけではなく、みんなに役立ちそうと思う事(潜在思念や実感と繋がる事)はあっても、なかなか投稿(発信)できないのではないでしょうか?
応援お願いします。


その辺りをもう少し探索しているのが、今回ご紹介する、共認革命14「投稿者は100人に1人しか居ない」、15「普通の人は、なぜ発信を控えるのか?」の2投稿です。
共認革命14 投稿者は100人に1人しか居ない [1]

☆小泉メルマガの例で、例え支持していても読者(メルマガ)は1%、投稿者は更にその1%(1万人に1人)にまで減少するのは、何故か?
●体感共認が本来の姿(ネットは虚構)という、古い(しかし本源回路に裏打ちされた)価値観。
⇒☆現実直視⇒希薄化する一方の関係充足⇒私権が混入した関係

☆個的生活からネット生活へ

⇒☆私権から脱却した全く新しいまつりの場(=万人が参加できる、本源的で社会的な共認形成の場)がネット
●素人は、ネット上では未だ社会探索・可能性探索の段階にある。
⇒☆3~5年で、優良サイトの評価がほぼ固まって、漸くサイト規範や中身の可能性に目が向き始めるのでは?
⇒☆しかし、まずは数=投稿数が勝負!
●ネットの現況(ゴミ状態)から、統合の答えがネットである(=投稿して、共認の場を形成する)ことに、確信が持てない。
⇒☆個的生活からネット生活へ⇒;”>☆意見・説明から感想・探求へ(発信規範)
;”>●わずか数万人の旧住人(1.パソコンオタクと2.引きこもりと3.云いたがり・ドグマ人間)がネット界を主導しており、彼らのサイト作りや発信内容が普通の人を遠ざけている。
⇒☆名前さえ知られる様になれば、普通の人は本源派のサイトに収束する筈。
⇒☆しかし、普通の人も旧住人と同じ支配観念や私権課題に囚われており、『本源派の協働サイト』は敬遠される。
●会議では、特に幹部や言いたがりやドグマ人間でない限り、発言しないのが普通=大した意見もないのに発言すれば進行を妨げるという会議規範。
☆ネットでは(実は普通の会議でも同じだが)、自己正当化の為の単なる批判投稿や主張投稿こそが進行を妨げるガンである。
☆協働・探求なら、例え自らは新しい切り口を提示できなくても誰かの探求投稿に何かを感じる事はできるし、その実感を感想投稿として発信することもできる。むしろネットでは、大した意見よりも素直な実感を皆が発信し、共認の場を作り出す事が最大の役割となる。
☆ネットで、この様な参加=投稿の協働共認・役割共認を形成できるか?がカギ!⇒☆まずは数が勝負だが、現状は私的課題に直結していないと、参加してこない。⇒☆他に課題がない。⇒☆まつりなら、参加=投稿する!か?

共認革命15 普通の人は、なぜ発信を控えるのか? [2]
 

⇒☆我々の対象は、あくまでも普通の人。特に訴えたい事もない普通の人に、投稿させるには、どうするか?
⇒☆状況共認や評価・規範共認や変革共認を、個々に形成することは可能である。つまり、夫々に状況認識や規範意識や変革意識は持っているが、発言・発信を控えているだけである。
☆普通の人は、なぜ発言・発信を控えるのか?
●私権課題と個的解脱が全て(=私的パラダイム)。☆しかし、テレビを見る時間は、余っている。
⇒●私婚・私権の制度不全→精神疲労→無限解脱を必要とするor余計な事は何もしたくない気分。
⇒●社会革命に対する挫折・不可能視or全くの未明課題で様子見・時期待ち(可能性探索)。
●序列原理or身分習性→大した意見でなければ、発言してはならないという序列規範or発言規範。

選挙期間中、マニフェストを読むことは無くともマスコミ報道はある程度は見聞きしていると思います。実はマスコミそのものが、ネットを主導している連中と同じ役割をしていたと考えた方が良さそうです。
彼らの撒き散らす、可能性の無い否定ばかりの発信 👿 を見聞きしていると、発信する意欲そのものを削がれる と言うこともあるでしょうし、我々自身も旧い支配観念から脱出しきっているわけではないので、彼らの発信に違和感は覚えても明快に反論が出来ないでいる。 😥
選挙などの社会での意思表示の場は、そうした違和感だらけの政策や報道の中で、限られた人の中から『選択』するだけですが、ネット上では、実感や感想投稿もありなのです。
そして、普通の人たちが持っている違和感を発信してもらい、その投稿がネット上の『場』を形成してくれるのだと思います。
実際、自民ではダメ⇒民主圧勝の動きはネット上から実現したともいえます。

更に今後は、どうする?」をテーマに、『こうしたら?』『ああしたら?』の実感投稿が社会のあるべき方向性を見せてくれるのではないでしょうか?

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