前回のシリーズでは共認革命11、12 [1]をもとに、「8月の衆院選挙で実現した政権交代で、ネットが果たした役割と今後の可能性」を明らかにしてきました。
今回も選挙に引き付けてネットの場を考えてみたいと思います。
ところで、8月の衆院選挙は「マニュフェスト選挙」ともマスコミで謳われていましたが、実際にマニュフェストの中味まで読まれた方はどれほどいるのでしょうか。
私も含め、素人の大半の人は読んでいないのではないでしょうか?
正しくは、読む気にならないというのが正直なところなんですが・・・・・。それは何故でしょうか?

<民主党マニュフェスト>
その背景は、共認革命13に記載されている内容、つまりネットでの自我投稿と政治家の主張が同じであるように思われるのです。
ぽちっと
応援お願いします。
☆皆の投稿が面白くなければ、いくら勧誘してもザルに水である。
●あくまでも、実感(潜在思念)に基づく投稿であること。実感=潜在思念のそれなりの統合にこそ、新しさが潜んでいる。
●変に論理的に考えようとしてはならない。論理的に見た途端に99%既成観念に絡め取られて、新しさ=面白さが流産する。
●「皆と違うことを投稿しなければ」とか、「何か反論(or質問)してやろう」とか考えてはならない。そう思った途端に、発信の主体が「違うことを云いたい自我」や「反論したい自我」にスリ変わって終い、「ひけらかし」投稿や「反論の為の反論」投稿や「質問の為の質問」投稿ができあがる。
●とりわけ、時間をかけ、頭を使って長文の投稿をしているのに、皆に敬遠されがちで人気がないと自覚している人は、上記の諸点を反省してみる必要がある。(その様な人は、現象事実の発掘に力を注いだ方が良い。それなら皆の役に立つし、場を盛り立てることもできる。)
民主党に限らず政治家が謳う内容は政権獲得が大目標であり、いかに相手をやり込めるかに主眼が置かれます。
どうにも胡散臭く感じて、皆の潜在思念や実感と繋がらないのが選挙やマニュフェストの中味ではないでしょうか。
私権が衰弱して保守・充足を基盤にした、皆が感じている潜在思念や実感に繋がる純粋な発信は、選挙やマニュフェストでは期待できません。
だからみんなの役に立つ、潜在思念や実感と繋がる場として、ネットが必要になってくるのだと思います。