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どうなる?ネットの可能性~るいネット・共認革命に学ぶ9「強制共認と発信階級の犯罪」

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民主党への政権交代を実現した8月の衆院選挙を、マスコミはほとんど報道しませんでした。(「民主党政権下でのマスコミ」http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=600&t=6&k=0&m=214136 [1]

報道しないことによって間接的に自民党を支援した形ですが、国民は自民党政治に明確な「ノー」を突き付けます。マスコミは「人々の味方でも、代弁者でもない」ことが白日の下に晒されたのです。

なぜマスコミや文化人は、「大衆の一員」の様な顔をして発信を続けてきたのでしょうか。そして、その欺瞞は何故通用しなくなったのでしょうか。

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「発信階級の犯罪」について書かれた8年前の投稿「強制共認と発信階級の犯罪」(http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=9560&pgh=1 [2])を紹介します。

人類が共認動物である以上、私権社会と云えども人々の共認によって社会が統合されるという原基構造は、不変である。しかし、私婚・私権の共認にしても、その延長上の市場拡大(=豊かさ追求)の共認にしても、私権社会を統合してきた共認の中身は、全て外から(‘掠奪闘争=戦争によってor上から’統合階級によって)押し付けられた共認、つまり強制共認でしかない。人々は、自分たちの集団や社会を統合する共認形成の場(それは本来なら最大の共認充足の場)を剥奪され、ただ上から一方的に与えられた観念や制度を受け入れるだけの存在に貶められてきた。

その際、私婚や私権や市場拡大を正当化する観念を作り出して人々を教導し、強制共認をあたかも自主共認であるかの様に思い込ませる役割を担ってきた者たちこそ、倒錯観念で武装した牧師や学者・文化人・マスコミetcの発信階級に他ならない。
彼らは、「我こそ、人々の味方であり、代弁者である」という顔をして、講釈を垂れる。だが、騙されてはならない。彼らは思索し表現することを専業とする特権階級であり、明らかに統合階級の一員なのであって、仕事に追われて思索・表現に専任できない普通の人々とは、決定的に立場が異なっている。

事実、彼らは教会や学校やマスコミを通じて常に支配観念を押し付け、一方的に人々を染脳し続けてきた。それで、どうして「大衆の一員」などと云えるのか?現に今も、彼らは体制によって与えられた特権の場=教宣機関に陣取り、圧倒的な情報量をもって古い支配観念(恋愛・自由・個人・人権etc)を押し付け、人々の意識を支配し続けている。その結果、社会は全面閉塞状態に陥って終った。

にも拘らず、「大衆の代弁者」である筈の彼ら発信階級は、何の突破口も示せずに、相も変わらず旧観念を垂れ流し続けている。そこには、自己反省のカケラも見えない。自分たちの言説(ドグマ)が社会の為になっていると信じ込んでいるからである。

しかし、もはや人々を騙し続けることはできないだろう。なぜなら、我々=素人は、彼ら発信階級が押し付ける旧観念(=近代思想)こそが社会を閉塞させ、人類を危機に導いている張本人であることに、既に気付いて終ったからである。

今回の選挙報道(の無さ)を通じて、発信階級の化けの皮は剥がれたのです。彼らが依って立っている旧観念(=近代思想)の欺瞞性もまた明らかとなるでしょう。

マスコミの発信内容が、実は強制共認であり、決して自主共認ではないことも、ネットでの様々な発信を通じて、すでに多くの人が知るところとなっています。

自分たちの集団や社会を統合する共認形成の場を構築する必要は、もはや誰の目にも明らかです。これまで剥奪され続けてきた「共認充足の場を実現する」機は熟した、と言えるのではないでしょうか。

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