
①のをうけ、更に話を進めていきたいと思います。なん劇レポートでも取り上げられましたが、現在直面しているのは、未曾有の経済大破局の危機です。
金融破たん→失業率UP,食糧・原油の暴騰→暴動(これが起こるか否かが決定的)→国家権力(警察力、軍事力)による鎮圧の限界→秩序崩壊→国家破綻
という最悪のシナリオが予想されています。では日本はどうなるのか?その鍵は、次の3つのキーワードに潜んでいます。
「充足」発の「安定」収束と「保守」収束
いわゆる充足発の女原理として、イメージされる言葉と思われますが、その可能性を展開していきます。
その前に、クリックお願いします。
■貧困がいち早く消滅した日本で旧くて新しい「充足」が発現している
潜在思念では、もう既に「充足」を求めて行動し始めているのが現実です。旧い充足と違うのは、私権の圧力による自分発の要求主義ではなく、みんなの期待圧力にこたえることが、自分の充足と同じであるという新しくて、且つ本源的な価値としての「充足」です。普段は気づきませんが、田舎のおばあちゃんは昔から変わらずにこういう生き方をしているのです。本来、女はみな「充足」存在なのです。
■日本人には他の先進国にはない「安定」基盤としての本源的集団意識が残存している
おばあちゃんは、だからこそ長寿であり、元気があり、そして村落共同体としてつい最近まで本源的集団を存続させてきたのです。いまでも、お産のときには里帰りをする妊婦さんが多いのは、母系家族の名残としてそこに「充足」があるということが「安定」する場だと感じているからなのですね。
また、地震や水害などが起こったとき、日本では相互扶助の意識が当たり前です。物的には壊滅状態なのに、社会として機能させることを最優先で行動しています。集団性=社会性に対する絶対的な畏敬の念があるからこそ、粛々と復興に向けた行動がとれるのです。近親者の死や、財産の喪失を前にしても、西洋人では想像できない精神構造のようですが、個人を超越した本源的な【集団】の存在が「安定」の基盤を形成しているのです。人類は集団動物であるということです。これらの事例にある「安定」基盤としての本源的な集団は他の先進国には存在しません。
■日本人は本源的な価値を存続させること=「保守」に英知を絞ってきた
人類にとって本源的な価値とは、具体的には村落共同体に存在しています。つまり、自分達の力によって運営していく自立した集団です。古来、様々な支配体制が敷かれてきた日本において、社会の基底部分となる村落共同体は営々と存続してきました。るいネットでも、この社会の二重構造について議論されていますが、日本人にとって誰が支配しようが、失ってはならなかった価値とは、具体的にはこの村落共同体であったという事実が浮かび上がります。これこそが「保守」の中身であり、決して「自民党」に擦り寄ることではありません。
つまり、
●「充足」発の「安定」収束と「保守」収束は、つまり女原理の特性そのものでもあります。うわべは男原理で統合されていた私権時代にあっても、底流には女原理がしっかりと根付いていたのです。
日本人にこれらの意識が深く刻まれている限り、大破局を乗り切る可能性が見えてきます。つまり、
これらの価値軸が、暴動を起こさない=一線を越えない行動原理(あるいは規範意識)となり、社会が崩壊しない必要条件となります。 その上で、本源価値をいかに持続させて難局を乗り切るか、つまり答えを出していけるか?これが本源的「充足」のために課せられた「闘争」課題となります。
充足、闘争の捉え方が見えてきましたでしょうか?