
画像は岩倉使節団横浜港出発図 [1] からお借りしました。
日本支配の構造29 岩倉使節団~問題意識と参考サイト紹介 [2]
日本支配の構造30 岩倉使節団~時代背景と国内・国際情勢 [3]
日本支配の構造31~岩倉使節団主要メンバー⇒派遣組と留守政府組 [4]
日本支配の構造32~岩倉使節団:その概要(ルートと目的) [5]
日本支配の構造33 岩倉使節団 本当の目的? [6]
・・・と、この間、岩倉使節団が長期に渡る欧米視察の旅で得たものを分析することで、後に大東亜戦争へと至る政府の戦略への同化を試みているわけですが、今回は、最初に訪れたアメリカにて彼らが何を得たのか?について見ていきたいと思います。
まずは、使節団副使を務めた当時31歳
の伊藤博文が、第一の訪問地サンフランシスコでの歓迎大レセプションで行った演説です。
「今日、わが国が熱望していることは、欧米文明の最高点に達することであります。この目的のために、わが国はすでに陸海軍、学術教育の制度について、欧米の方式を採用し、海外貿易はいよいよ盛んになり、文明の知恵はとうとうと流入しつつあります。」
「しかもわが国における進歩は、物質文明だけではありません。国民の精神的進歩はさらに著しいものがあります。数百年の封建制度は一個の弾丸も放たず、一滴の血も流さず、撤廃されました。このような大改革を世界の歴史においていずれの国が戦争なくして遂げ得たでありましょうか」(→廃藩置県)」
「この驚くべき成果は、わが政府と国民の一致協力によって成就されたものであり、この一事をみてもわが日本の精神的進歩が物質的進歩を凌駕するものであることがおわかりでしょう。」
「わが使節の最大の目的は、文明のあらゆる側面について勉強することにあります。貴国は科学技術の採用によって、先祖が数年を要したようなことを、数日の間に成就することができたでありましょう。わが国も寸暇を惜しんで勉学し、文明の知識を吸収し、急速に発展せんことを切望しているのであります。わが国旗にある赤い丸は、もはや帝国を鎖す封印の如くみえることなく、今まさに洋上に昇らんとする太陽を象徴するものであります。そしてその太陽はいま欧米文明の中天に向けて躍進しつつあるのです」
この演説は、翌日の新聞に掲載され、ニューヨーク、ワシントン、ロンドンへと伝播・・・文明開化を目指す日本の存在を全世界に宣言することになりました。
当時の伊藤が弱冠31歳だったということにも驚かされますが、『そしてその太陽はいま欧米文明の中天に向けて躍進しつつある』と、ハッタリも含め、明治維新を実現し、未だ姿なき新たな国家を建設しようとするエネルギーや気迫が時空を超えて伝わってきます。
尚、記事作成に当たっては、使節団に記録係として同行した久米邦武の『米欧回覧実記』に基づく「岩倉使節団という冒険」 [7]泉三郎著
からの引用を元にしています。
いつも応援ありがとうございます。
使節団のアメリカ視察での主な気付きは以下
■私権社会・掠奪闘争社会の現実
■キリスト教による観念支配国家
■近代思想+市場原理の浸透→共同体の崩壊
■民主政治・選挙制度の欺瞞

■私権社会・掠奪闘争社会の現実
※記録係久米邦武と米国通のやり取り(烈車の車窓から、顔を赤く塗り頭に羽毛をはさんだインディアンを見かけて)
「インディアンは日本人と先祖を同じくするというではないか。今でこそ白人が天下をとってインディアンはまるで居候のように小さくなっているが、もとはといえばインディアンの土地でござろう。そこへ白人が鉄砲をもっと乗り込んできて、いわば乗っ取ったも同然ではござらぬか」
「文明、文明というが、アメリカ人は結局先住民族の国を蹂躙した乱入者で、原住民たるインディアンはまるで強盗に家財一切を掠奪された上に、その家から追い出されたようなものではないか」
「いやいや驚くには足らぬ、現実世界は弱肉強食、すべて欧米諸国のやり方はそんなものでござる」
華やかなるアメリカの“文明”も、所詮掠奪や殺戮の上に成り立っており、今後日本が参戦しようとしている世界・・・私権社会、掠奪闘争社会の現実をその目で確認したということ。
欧米と日本の“植民地”戦略の違いに影響か?(日本は満州建国など、欧米流の一方的な略奪ではなく、国家予算を上回る膨大な投資を行い、都市整備、産業育成、教育制度整備などを行っている。)「共栄」とは?かつて大陸からの渡来人が縄文人と融合しつつ支配体制を築く様と似ている?
■キリスト教による観念支配国家
それにしても、米国は余りに日本と違っていた。中でも驚いたことは大陸の大きさ、資源の豊かさ、それに挑む開拓者スピリットである。そしてその勤勉・努力の背後には、キリスト教の存在があることを痛感する。一行は、大統領をはじめ有力者が日曜には率先して教会に行き説教を聴いているのを知った。また、ニューヨークの出版社ではバイブルを印刷するのを見たが、その数はものすごく、どこの家庭にもホテルにもバイブルが置いてあるのをみた。それは、日本の「四書五経」のように民心に浸透して、アメリカ人の勤勉とモラルの基本になっているのだ。教義を聞けば「処女懐胎」や「死囚の復活」など、久米の表現にしたがえばまるで「フウテンの戯言」としか思えないほどだが、その信仰の篤さには感心せざるを得なかった。
当時のアメリカの急速な発展を支える人々の勤勉・努力の背後には、キリスト教による観念支配があることを痛感。つまり、“文明開化”を支える原動力は人の力であり、その背後に思想や教育の力があるということ。
これは、その後の天皇主権国家建設に向けた教育勅語などによる思想教育に結びついていった?
但し、中身については日本での教育に用いられていた「四書五経」(現実的な私権規範)と異なり、「フウテンの戯言」・・・つまり、現実から遊離した観念論(倒錯観念)であることを見抜いているよう。
■近代思想+市場原理の浸透→共同体の崩壊
さて、一行がキリスト教と並んで不思議に思ったことは、男女の風俗であり夫婦や親子の関係であった。
木戸もアメリカでは男がやたらに女に親切で、老人にはかえって冷淡なのをみて怪しんだ。あるパーティーでそのことを話題にすると、側にいたアメリカ人が、「米国でもこんな美談がある」といって新聞に出ていたという話を紹介した。
ある父親が酒のために破産して子供たちは働きに出なくてはならなくなった。そのうちの一人が辛抱強く働いてホテルを経営するまでに成功した。そこへ落魄した父親が訪ねてきたところ、その息子は二階の上等の部屋に泊めてご馳走をふるまい、三日間も泊めて歓待し帰りには小遣い銭をわたし、しかも、宿代も飲食代もとらなかったというのだ。木戸はこれを聞いて唖然とし、「アメリカでは親にタダ飯を食べさせるのを孝行というのか」と顔をしかめた。
アメリカ人の語る“美談”に象徴的なのは、親子関係も(男女関係)も、全ては私権(カネ)を巡る損得関係にて計られるということ。
人権思想や市場原理の浸透→共同体崩壊の現実を目の当たりにし、本源性豊かな当時の日本人にとっては相当違和感が大きかったことだろう。
日本も明治以降の大転換(地租改正など)により、共同体崩壊の流れにはあったが、あくまでも(天皇中心の)『家』制度により集団規範を維持・強化したあたりは、こうしたアメリカでの体験が反映しているのかもしれない。
■民主政治・選挙制度の欺瞞
また、共和政治の実態も驚きの一つだった。当時ちょうど大統領選挙の最中で、あちこちで選挙運動を見聞した。久米はそれはまるで商人の売り出しのようであり、君子の国のサムライたちは違和感を覚えざるを得なかったと書いている。そして、選挙というのは一見公平のように見えるが、なかなか良い人材を選ぶのは難しいとし、多数決というのも往々にして「上策を廃して下策に」落ち着くようだと、愚民政治に陥る危険性も指摘している。
またグラント政権はとくに賄賂が横行して腐敗がひどかったというが、久米はアメリカの共和制なるものが金権政治に堕する弊害があることもしっかり見抜いている。それにもかかわらずアメリカ国民は共和主義を信奉すること厚く、「世界を挙げて共和主義に従うべし」との信念をもっている。まさにそれは「純乎たる共和主義の生霊」であると久米はいう。
相互理解や「和をもって尊しとなす」民族である日本人にとって、個対個の対立を“多数決”という力の原理によって制圧する、しかも政策の中身の議論ではなく“商人の売り出し”のような表層的なアピール合戦によって“多数”が決まるシステムそのものに大きな問題性(欺瞞)を感じたよう。
※参考 「西洋と東洋の民主性の違い」 [8]
つまり、西洋の「民主主義」とは「個人の自我・邪心に基づく個間闘争による対立を(多数決という)力の論理によって制圧し、社会を秩序だてる考えかたとその手続き」というように言えるのではなかろうかと思います。
それに対して日本の民主主義は、基本的には前述した様に、「対立」よりも「相互理解(=共認)」や「和をもって尊しとなす」精神を旨としており、力の論理による制圧を日本人は好みません。日本人は対立を前提とした「個人の自由で主体的な判断」によって、力でねじ伏せられるのは納得がいかず耐えがたいのです。
ですから、「個人の自由で主体的な判断」を主張しあうことより、「皆で知恵を出し合って考える」ことの方が好きなのであり、その方が向いているのです。
考えてみたら日本人の方が、よっぽど「民主的」な民族と言えるかもわかりません。
アメリカ編は以上です。
「日本」という、近代世界に生れ落ちた赤子が、全感覚を総動員して周りの外圧をスポンジのように吸収し、今や成長せんとする姿が見て取れるようです。
次回は、引き続きイギリス編です。