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制度発の人工的な目的意識⇒特権意識⇒制度によって与えられた権力の行使

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2009年04月08日「特権官僚の暴走に見る私権統合の末期症状」 [1]という記事がある。『るいネット』「ここ10年の政治家・官僚・マスコミは麻薬中毒状態」 [2]でも述べられているように、検察をはじめとする官僚の暴走ぶり、強引さはあまりにも露骨である。
今や暴走しているのは官僚だけでなく、政治家もマスコミも同様である。
では、彼ら特権階級が暴走する背景は何か?

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彼ら特権階級は試験制度の勝者である。一生懸命勉強して東大をはじめとする一流大学に合格して、特権階級への切符を手に入れた者たちだ。ということは、試験制度に問題があるとすぐ発想しがちだが、事はそう単純ではない。試験制度は古代中国の科挙の時代からある。日本でも明治以降一貫して、政治家も官僚も学者も試験制度をくぐり抜けて特権を獲得したわけだが、少なくとも’70年の貧困が消滅するまでは、彼ら特権階級は現在のように無能ではなかったし、暴走もしていなかった。
なぜか?
私権時代でも貧困の圧力が強く働いていた時代(中国の科挙、日本の戦前)は、私権圧力⇒主体の内圧(欠乏)が強力で、貧困から脱するために合格するという目的意識は肉体的欠乏(私権欠乏)と直結し極めて強力であった。従って、当時の学者も政治家も官僚も、現代人よりはるかに高い追求力→理解力を保持していた。かつ、その目的意識は現実の圧力(⇒私権に収束する大衆意識)とも合致していた。
ところが’70年貧困が消滅し、私権圧力⇒私権欠乏はとことん衰弱した。今や東大合格者数トップの開成高校でさえ「東大に行かなくてもいいじゃん」という生徒がいるらしい。10年後には東大神話は間違いなく崩壊する。それだけでなく「大学に行かなくてもいいじゃん」という生徒が大量に登場するだろう。
では、現代の特権階級が勉強した動機、つまり「合格」という目的意識は、どのように形成されたのか?
周り発の目的意識、親や先生から「東大、東大」と囲い込まれて形成された人工的な目的意識である。この目的意識は内発的・主体的に形成されたものでは決してない。子供にとってはヤル気になる対象、充足する対象は仲間や遊びであり、その障害物でしかない試験勉強が好きな子供はいない。しかし、子供にとって親は絶対であり、親が用意した場(ex.家庭教師や塾)から抜け出すことはできない。そして、親や周りが「合格」という目的意識を植えつけるのは、試験という制度があるからである。そうやって植えつけられた特権階級たちの目的意識=勉強の動機は、(試験)制度発の人工的なものであると言えるだろう。
合格という目的意識が肉体的な欠乏に根ざしたものではなくなり、試験制度発の人工的な目的意識しか残っていない。だから勉強がしんどくなり、省力化できる勉強法が必要になる。それが最近10年間流行の勉強法ブーム。これは人々の意識が勉強に向かっていると思ったら大間違いで、逆である。できるだけ勉強はやりたくない。だけど合格はしなければならない。だから、いかに省力化して合格するか? そのために要領や勉強法が必要になったのだ。 実際、’70年以前の貧困な時代には勉強法の本など存在せず、誰も要領など考えてはいなかった。
’70年貧困が消滅して以降40年近く経ち、今や政治家も官僚もマスコミも(肉体的欠乏に根ざしていない)制度発の人工的な目的意識しか持っていない。しかし、目的意識の有無やその有り様は、人間の能力(思考回路)に決定的な差異を生み出す。特権階級たちは試験制度にいかに要領よくパスするかということばかり考えてきたわけだが、そんな方法論は現実世界では何の役にも立たないし、もはや生命力を失った時代遅れの制度に寄りかかってしか物事を考えられなくなってゆく。制度発の人工的な目的意識が植えつけられた果てに、そういう思考回路だけが発達してゆく。こうして特権階級たちはとことん無能化してゆく。その一方で、試験制度上の勝者であるが故に特権意識だけは肥大してゆく。
そんな彼らのやることは、制度によって与えられた権力の行使しかない。それが職権の乱用だ。その姿は、特権意識と権力行使の快感に埋没する麻薬中毒そのものである。制度発の人工的な目的意識⇒現実には無能であるにもかかわらず肥大した特権意識⇒制度によって与えられた権力の行使。これが官僚やマスコミなどの特権階級が暴走し続ける背景であろう。
(本郷猛)
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