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東南アジア諸国と日本 ~マレーシア編 その2~

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『東南アジア諸国と日本』シリーズです。(前回のマレーシア特集はこちら [1]
マレーシアの今後の可能性を考える上で、マレーシアの原動力であったマハティールの思想を追求することで、当時のマレーシアの外圧状況、そこから導きだされた方針を明らかにしたいと思います。


マハティールは22年間マレーシアの首相を勤めましたが、彼の代表的な政策と言えば、やはりルックイースト政策でしょう(詳しくはこちら [1])。マハティールは、欧米の個人主義思想ではなく、当時急成長していた日本人の勤勉性に着目していました。
しかし’70年台と言えば、アジアの中で忘れてならないのは中国です。莫大な人口を抱える中国の成長に期待し始めたアメリカ(キッシンジャー)が、いよいよ触手を延ばし始めます。毛沢東の衰退後、権力を握ったトウ小平は、今までの社会主義思想から欧米発の個人主義思想に立脚した政策を唱えるようになりました(それが現在の格差社会に繋がった原因)。
このときマハティールが中国を無視したのは、やはり中国の個人主義思想が原因です。第二次世界大戦後、マレーシアがイギリスから独立できたのは日本人のおかげと捉えており(未だに親日の国民が大多数います)、経済的にも急成長していた日本(中でも勤勉性)に大きな可能性を感じたのだと思われます。
そこでマハティールは、ルックイースト政策を通じて日本の大企業を参入させ、現地人に日本人の勤勉性を学ばせることで国民性を転換させること、そして転換後の現地人の労働力強化を通じて、大幅な成長を目論んでいました。その結果、’70年から’90年にかけて、原材料の生産から電化製品を中心とする輸出型経済成長へ転換する事に成功しました。
しかし、そんなマハティールに転換点が見られます。90年初頭に日本がバブル崩壊を迎えたことで、彼は「ルック・イーストのイーストには、中国や台湾も含まれる」といった発言を繰り返すようになったのです。
この発言の背景には、マレーシアが大国依存型の経済システムを構築してしまったことが考えられます。バブル崩壊で弱体化した日本企業を捨てて、大きな成長を遂げ始めた中国企業に舵を切ったのです。実際に、マレーシアは ASEANで中国の最大貿易パートナーになっています。(詳しくはこちら [2]
つまり、マレーシアの方針は「日本の勤勉性の模倣から経済成長」でしたが、大国依存型のモデルを形成したことにより、「強い外資をいかに参入させて経済成長」に劣化していることが分かります。だからマレーシアは、大国になりつつある中国に目をつけ、日本から中国へ鞍替えしたのだと思われます。
しかしそんな中国ですが、低迷期に入ったと言われています。

>中国の経済成長形態は、非常に奇形かつ異常、いかなる持続性も備えていません。
>①経済成長自体が、政府が投資によって強力に牽引してきたものである
②収入が二極化しており、絶対多数の消費者が消費する力を欠いている
③中国は国際市場によって養われている
>東南アジアのみならず、今やアフリカや南米、東欧にまで覇権を広げようとしている中国は、戦線を拡大しているが故に、ひとたび成長が鈍化すれば負の連鎖の波及も大きいことが想定されます。
(詳しくはこちら [3]

大国依存型のマレーシアですが、今回の世界経済危機で大国が凋落し始めており、外交の見直しを図る必要が求めれられます。次回、マレーシアの今後の可能性を明らかにしていきたいと思います。

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