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日本支配の構造25~アジアに流通していた円=「傀儡銀行券」「軍票」

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前回の「日本支配の構造24 [1]」では、日本がより国家的な必要財(鉄鉱石や農産物)を安定的に調達する為に傀儡政権国において独自の貨幣制度を構築せざるを得なかった時代背景を紹介しました。
傀儡政権国では、政策銀行を設立し独自の銀行券を発行して貨幣流通を図りました。
今回は、そうした傀儡政権国内に流通していた「紙幣」について紹介します。
上の紙布には「満州中央銀行」の文字が書かれています。
これは、「満銀券」と言って、日本が満州を支配していた頃に満州国内で使われていた中央銀行券=紙幣です。
中央のお札は、「大日本帝国政府」の文字が書かれています。
これは、「軍用手票(軍票)」と言って、戦時中に軍隊が占領地において使用していた紙幣で占領地での資材調達や戦費として使われていました。
一番下は、マレー半島(アメリカ領)で使われていた「南方開発金庫券(南発券)」と言う紙幣です。
軍票の一種とも言われていますが、その違いは明確ではないそうです。
占領地での資材調達だけでなく地元通貨との交換も行っていました。
では、どうしてこのような紙幣が作られたのでしょうか?
前々回、「紙でやる戦争の仕組み」 [2]にも紹介されたこれら紙幣について、今回扱ってみたいと思います。
尚、上の画像は、貨幣資料館 [3]からお借りました。
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■中央銀行券
戦時中、日本は独自の金融政策の下に傀儡国内において資材調達や戦費調達の為に、色んな紙幣が使われていました。日本政府は、自国日本銀行券(円)のインフレを恐れ、自国通貨とは切り離し傀儡政策銀行(中央銀行)の設立と共に中央銀行券を発行し占領地内で独自の通貨圏を確立しました。
この中央銀行券は、夫々傀儡国によって呼び方が違います。
満州国では、満州中央銀行発行の「満銀券」、朝鮮国では、朝鮮銀行発行の「朝銀券」、中国では、中国聯合準備銀行発行の「聯銀券(れんぎんけん)」、そして中国新政府による中央儲備銀行発行の「儲備券(ちょびけん)」などがあります。
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朝鮮銀行発行の朝銀券
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台湾銀行発行の台銀券
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中国聯合準備銀行発行の聯銀券
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中国新政府による中央儲備銀行発行の儲備券
■軍用手票(軍票)
又、軍隊は、物資や資源を現地調達する為に、金とも円とも関係を切断されて発行された〝紙幣″(どんな正貨準備とも無関係)=軍用手票(軍票)を発行しました。
占領地における一方的な物資徴発は、ともすれば略奪であった。
そのようなやり方は、外聞が悪く徴発相手の反感を招く。
そのため近代以降の戦争では、各国軍隊が軍票によって物資を購入するという形をとるようになった。つまり軍票は、徴発した物資に対する領収書でもあった。
このように軍隊が、自国内部の通貨制度とは分離して軍票を使用する制度を用いるのは、自国の通貨を使用すると通貨供給量が激増し、結果的にはインフレーションで経済破綻する恐れがある。
又、敵国に自国通貨が渡ると工作資金になる危険性があるなど、戦略面からの要請があるためである。また領収書であるため、手持の貴金属による支払いに比べ、実際の経済力以上の物資の徴発が可能でもある。そのため軍が勝手に印刷して流通させることも出来る。
以上のように、軍票は通貨のような体裁と流通形態をしていて、商品券のような物と誤解される場合があるが、法律上の扱いは法定通貨でも有価証券でもなく領収書であり、最終的には相手国政府当局に提出して現金化する事が必要である。あくまで物資や労働力などを軍が受領し、軍に対して債権を持つことを証明する領収書に過ぎないものである。ただし、期間と場所を限定した場合、軍票が通貨の代わりに流通した例もある。
日本においては、西南戦争の際に西郷隆盛が使用した西郷札が軍票の最初であるとされる。
その後、日清戦争や日露戦争、第一次世界大戦(青島攻略戦)などの対外戦争で日本政府が占領地で発行しており、太平洋戦争(大東亜戦争)では、中国および東南アジアの占領地各地で現地通貨建てのものが使用された。また戦後沖縄で使用されたB円も軍票の一種といえる。
前述のように軍票は、大蔵大臣や日本銀行の許可は要らず、軍が勝手に印刷して流通させることが出来る。そのため、第二次世界大戦では日本軍の各軍団が勝手に軍用手票を乱発して経済的混乱を招く結果となった。
中国戦線で使用した日本円以外にもペソやグルデンなどのさまざまな通貨単位の軍用手票が各占領地で発行された。中には南方開発金庫などの日本が設立した現地金融機関が発行した場合もあった。また、対ソ戦を想定しルーブル表示の軍票も試作されたが、実際に使われること無く消滅した。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 [4]
■南方開発金庫券(南発券):軍票の一種
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イギリス領マラヤ(現マレーシア)の南発券:1ドル
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アメリカ領フィリピン(現フィリピン)の南発券:100ペソ
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イギリス領ビルマ(現ミャンマー)の南発券:5ルピー
上の画像は、貨幣資料館 [3]からお借りました。
こうした傀儡銀行券や軍票は、最終的には刷りまくった挙句ハイパーインフレを起こし紙くずになってしまった。
無謀とも言える政策の背後に、切羽詰った国内情勢が伺える。
日本政府は、軍部と国策企業と結託して、占領国で色んな通貨を刷りまくり、石油や資源を調達してきた。
こうした通貨政策の特徴は、欧米に見られる様な民間金貸し達(金融資本家)の主導と違って、日本独自の大東亜金融圏樹立の為に日本政府がその舵を取り、軍部や民間企業が追従すると言った、言わば国家主導で行われたという事です。
話は余談になりますが、日本の傀儡国家の中央銀行券や軍票及び南発券と言った通貨政策の凄さもさることながら、日本の印刷技術の凄さにも驚かされます。
こうした多種多用な印刷技術は、他の国に例を見ない。
世界の印刷技術のトップは、スイスと日本と言われています。
戦中こうした多種多用かつ大量に発行された紙幣の中には、当然偽札も横行しました。
そうした、偽札防止の為に更なる印刷技術も高度化し、独自の技術が確立したものと思われます。

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