「SAPIO」11月12日号に「最近、朝日新聞がますますつまらなくなった」という記事があった。それによると反序列・反権力を謳い文句にしてきた朝日社内が一般企業と比べてはるかに序列的であること、そして、その序列体制が末期的症状を呈していることが伺える。以下、引用。
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最近の朝日新聞はどうもおかしい。一体、朝日新聞社内では何が起こっているのか。
朝日新聞の凋落が叫ばれて久しいが、社内モラル崩壊の波も襲い掛かっているようだ。「ブラックジョークそのものだな、こんな連載が始まるなんて」
10月6日付、自社の朝刊記事を見ながら朝日新聞社の中堅記者はこうつぶやいた。この日から生活面で「パワハラを防ぐ」というタイトルの連載が始まったのだ。
ところが、連載を始めた朝日新聞社内でこそパワハラやセクハラが横行し、管理職を悩ませているのだ。その中でも今夏、社内で「あれは人間のやることではない」と語られるほどのパワハラが起こった。
被害者は某本社経済グループに所属する30歳代前半のA記者。加害者は同グループのBデスクだ。A記者はBデスクと連載企画を担当していたが、今年6月、日頃の態度に切れてしまったBデスクがA記者の過去の病歴をちらつかせながら厳しく叱責した。暴言に近かったという。
激しい叱責を受けた後、精神的な打撃を受けたA記者は出社不能に陥り、地域内の病院に入院。A記者の親族が勤務先の編集局長らに職場管理などについてクレームをつけたため、会社として本格的な調査に乗り出した。
Bデスクは給料待遇も降級され、9月1日付けで他本社のヒラ記者となる左遷人事の処分を受けた。驚くことにBデスクは経済部ではエリート中のエリートで「最低でも東京本社の経済部長になる」(元同僚)を言われ、将来を嘱望されていたという。
最近、社内では「所属長になりたい病」と言われる人々が増えているという。事業の縮小や組織のフラット化により、編集長や部長などの管理職ポストが減ったため、現役記者として取材活動もしない中堅どころが社内をただうろうろしているのだ。
会社に内緒で他のメディアにせっせとアルバイト原稿を書いている記者はまだいいのかもしれない。「俺は有名大学を出てせっかく朝日に入ったのに、部長にもなれずに朽ちていくのか」と不貞腐れる記者も多いとか。
思い通りに出世できなかった社員が「急に社員食堂で火災報知器を鳴らしたり、消火器を噴出させたりしたケースもありました」(経済部OB)。
役員ら幹部はこうした荒廃状況を薄々察知していながら、抜本的な対策を打たずにいる。それどころが、不動産などの資産を多く保有していることや事実上の無借金経営をいいことに、「(麻雀の)ハコテン(マイナス状態のこと)までまだ余裕がある」と挨拶している役員もいる。「(経営体力の弱い)毎日新聞と産経新聞が潰れるまで待っていたら活路が見出せると呑気なことを話す幹部もいます」(30代の朝日記者)。
これが、天下の朝日新聞のジャーナリズムなのである。
「社内にパワハラが横行」「所属長になりたい病の蔓延」。これらの現象は、朝日新聞社内が強い序列体制下にあることを意味している。これは朝日だけでなく、マスコミ全体に当てはまることでなのではないか。
序列体制といえばすぐ思い浮かぶのが企業であるが、市場競争という現実の圧力に晒されている企業の社内が、朝日新聞のような有様であればとっくに倒産しているはずだ。そして、今後激化する一方の市場競争に生き残るためには、共認原理的組織運営が各企業に広がることは間違いがない。
従って、マスコミの序列体制は一般企業よりはるかに強固なのだと考えるしかない。マスコミはこれまで、発信装置を独占する一方的な発信者として社会に君臨し、社会からの評価圧力に晒されたことがない。それが’70年貧困が消滅し、大衆意識→社会圧力が共認原理に転換して40年近く経った今尚、マスコミ内部に序列体制が強固に残存している理由だと考えられる。
「SAPIO」の記事を読んで、『るいネット』「不正・不祥事の続出は、指揮系統の末路の姿」 [1]を思い出した。
マスコミの凋落(新聞購読数減少や視聴率低下→経営悪化)が叫ばれているが、その根本原因はマスコミ社内の序列体制にあるのではないか。
(本郷猛)
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