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『近代国家成立の歴史』13 私権社会を全的に否定できなかったルソー

Posted By d0020627 On 2009年1月31日 @ 5:00 PM In 未分類 | 1 Comment

前回は、『近代国家成立の歴史』12 個人の「所有権」を最大限認めたロックを掲載しました。

今回は■ジャン=ジャック・ルソー(1712~78年)フランス系スイス人です。

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スイスのジュネーヴに生まれたルソーは、不平等を基盤とする当時の社会とそこでの人間のあり方を告発した『人間不平等起源論』に続き、「人間の平等を基盤にした社会をどのようにして創出する」かについて論じた『社会契約論』を1762年に出版します。これらの書物は、ジュネーブの貴族の気に触ったのは言うまでもありませんが、社会の秩序を乱し、キリスト教の教えを破壊するという理由で禁書(=書籍の出版・販売やそれを読んだりすることを国家が禁止すること)処分を受けます。ルソー自身にも逮捕状が出されため、逃亡者としてスイス、イギリス、フランスと各地をさまよい、放浪の生活を送ることを余儀なくされました。

ルソーは、なぜこのような国家理論を提示したのでしょうか?
その背景には、彼が生まれたジュネーヴの歴史が大きく関わっていました。

16世紀にそれまでサヴォアの司教区だったジュネーブは、司教を追放して1535年に共和国となります。そして1536年にはカルヴァンの亡命を受け入れ、法律の作成を委託しています。カルヴァンの到着以来、16世紀半ばからは主にフランスやイタリアから数多くの新教徒が移住して、時計産業、銀行業をはじめ、経済的にも発展を見せるようになっていきます。
カルヴァンは長老会制度に基づいた政治制度を確立し、市民階級(ブルジョワ階級を含む)の人々を共和国の市民として主権者として位置づけました。すべてのことは市民総会で決定され、市民が市政に参加する大評議会と貴族が牛耳る小評議会が両立する政治制度を有していたのです。しかしその体制もやがて特権的な貴族階級によって支配されるようになっていきます。

ルソーの『社会契約論』は、実はそういったジュネーブの共和制を土台に考えられていたのです。(現に『社会契約論』のもととなる『ジュネーブ草稿』という下書きが存在しています。)ルソーは、祖国ジュネーブが持っていた共和国の体制にわずかな修正を加えるだけで、人民のための理想的な国家が実現できるはずだと考えていたようです。

この理想的な国家を考える上で、ルソーもホッブズ・ロック同様に自然状態を想定(仮定)し、そこから社会契約の必要性を説明します。が、ルソーのいう自然状態の人間は、理性を持たず、ただ自己保存の本能だけに従い 自分に満足し、しかも他人への憐れみの情を持っているため、戦争は生じない=平和 だと位置づけています。
その自然状態から、文明社会(≒私権社会)が発達することで、私権追求という欲望が私有財産制を誕生させ、身分制社会(≒奴隷制)を産み出し、人間の持っていた憐れみの情を喪失させてしまい自然状態の楽園が失われ、てしまったのだと説明します。

ルソーは文明社会(≒私権社会)こそ人間の不平等を生み出したと理論付けています。しかし、それを完全に否定するには至らず、社会を構成する人民全体が社会契約することで文明社会(≒私権社会)をなんとか止揚できるのではないかと考えます。そして、「自由・平等」という人間の生存にとって重要な価値を前提とした全員の約束=「契約」によって社会が創設されるとしました。

全員が社会の構成員(契約の当事者)であり、社会の全体である国家もまた、社会の構成員全員=共同体からなり、それらの人々全員が主権者となると説明します。(人民主権)
そしてこの主権の象徴が、「自由・平等」という絶対的価値の「一般意思」だと位置づけます。ルソーはホッブズやロックのように特定の誰かや政府に自然権を譲渡したり、信託することはできないと考えたのです。特権的な権力(身分序列や資本力の格差)による恣意的な個人への介入を防ぎたかったのでしょう。個人は自己の持つすべての権利(自然的自由)を、特定の誰かではなく社会全体(共同体)に対していったん全面的に譲渡し、その上で社会全体(共同体)から共同体の一員(個人)へそれと同様の権利が与えられるとしています。(つまり自然権は、人民のもとにある。)

共同体の担い手は、国王や少数の貴族ではなく、国家の構成員全員であると論理を展開します。その上で、主権を維持していくために、全員による定期的な集会の開催が不可欠となり、さらに政治への常時参加が求められると説明しました。
不平等を生み出す私権原理を無くすことはできないが、構成員全員が政治に常時参加するシステムの実現によって、社会の「不平等」を除去するはずだという新たな国家理論を導き出したのです。

ルソーのこの『社会契約論』は、出版から約30年後のフランス革命の精神的支柱となり、その後の社会にも大きな影響力をあたえていきます。
しかし、ルソーの思いとは裏腹に、フランス革命において様々な階層を代表する諸党派は、いかに自分達の都合の良い形でルソーの国家理論を取り込めるかというかたちに利用してしまうのです。

続く

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※『近代国家成立の歴史』シリーズの過去ログです。
 『近代国家成立の歴史』1 
はじめに ~市場拡大が第一の近代国家~
 『近代国家成立の歴史』2 国家と教会の結託 ~ローマ帝国を事例に検証する~ [1] 
 『近代国家成立の歴史』3 教会支配の拡大と金貸しの台頭
 『近代国家成立の歴史』4 教会と結託した金貸し支配の拡大~宗教改革~
 『近代国家成立の歴史』5 国家と新しい商人の台頭 ~宗教改革~大航海時代~
 『近代国家成立の歴史』6 自治権を獲得したオランダ商人
 『近代国家成立の歴史』7 商人が国家をつくる
 『近代国家成立の歴史』8 オランダ商人が作った近代国家イギリス
 『近代国家成立の歴史』9 金貸しが支配するイギリス帝国へ
 『近代国家成立の歴史』10 近代国家の理論的根拠=社会契約説とは、何だったのか?
 『近代国家成立の歴史』11 国家と個人を直接結びつけたホッブス
 『近代国家成立の歴史』12 個人の「所有権」を最大限認めたロック


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