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『近代国家成立の歴史』9 金貸しが支配するイギリス帝国へ

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地球人の歴史 15.海と経済の覇権(後編) [2]より「イギリス帝国と世界貿易路(1860年頃)」
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前回、 『近代国家成立の歴史』8 オランダ商人が作った近代国家イギリスを掲載しました。
今回は、その続きとして、1694年のイングランド銀行設立~1844年の中央銀行化までを、金融資本家(金貸し)の動きを中心に紹介します。
 
いつもありがとうございます 😉
 



 
●戦費調達⇒国債制度⇒国債を独占的に取り扱う特権会社の設立(1694年)
 
イギリス(イングランド)は、オランダ(アムステルダム)金融資本の加勢により、議会を確立し、国債制度を整備し、1694年にイングランド銀行を設立した。オランダ人のイギリス国債保有額は、1737年に1000万ポンド(23%)、1739年に1400万ポンド(32%)と、当初からかなりの割合を占めていく。(リンク
 
●第二次英仏百年戦争と国債残高の累増→18年分の税収を上回る⇒徴税整備
 
イングランド銀行は、イングランド国債を取り扱う特権会社である。18世紀は、第二次英仏百年戦争の世紀であり、18年分の税収を上回るまでに国債残高は累増していく。それに伴い、利払い⇒物品税の徴税体制が着実に増設⇒整備された。税制への信頼が増すとともに、イギリス国債の信認も定着していった。(リンク
 
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●マネー・パワーの構造改革⇒英国ロスチャイルドの金本位制の確立
 
そして、国債残高がピークに達した19世紀前半、恐慌を契機に、発券闘争と通貨論争を制し、他の銀行を傘下に収め、1844年にイングランド銀行は「銀行券発行の独占権」を獲得する。そして、紙幣の発行を中心業務とする「中央銀行の範」となり、近代国家の中枢機関を掌握していった。(リンク
 
ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報 : イングランド銀行をシティー王朝の要にすえたピール首相より
>世界帝国というのは、帝国本国における製造業をあまり重視しない。商品は植民地からの交易でまかなえばいいという考え方であり、逆にマネー・パワーに比重を置いた国家運営を行うのである。
>だから、ピール内閣が行ったもう一つの重要な仕事は、マネー・パワーの構造改革であった。ウィキペディアの「ピール」の項には載っていないが、いわゆる「ピール条例」として知られている「1844年銀行法」がそれである。
>この法律は、端的に言えば、「英国のイングランド銀行(1694年設立)に銀行券の発券機能を独占させる。地方の地方銀行が独自の紙幣を発行することはまかりならぬ」ということを決めた法律である。さらにイングランド銀行が発券部門として発行する銀行券に関しては100%金(ゴールド)による裏付けが無ければならないということも定められている。つまり、英国ロスチャイルドの金本位制がここで確立したのである。
 
金融資本家の本命はあくまでも、「特権担保の社債」と「税収担保の国債」である(例えば、リンク)。その間、第一次産業革命(技術革新)が成し遂げられ、私権獲得の構造革命⇒新たな支配階級の創出(リンク)が起こるが、マネー・パワーの構造改革によって、金融資本家が不動の地位を築き、金貸しが支配するイギリス帝国となる。
 
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※『近代国家成立の歴史』シリーズの過去ログです。
 『近代国家成立の歴史』1 はじめに ~市場拡大が第一の近代国家~
 『近代国家成立の歴史』2 国家と教会の結託 ~ローマ帝国を事例に検証する~
 『近代国家成立の歴史』3 教会支配の拡大と金貸しの台頭
 『近代国家成立の歴史』4 教会と結託した金貸し支配の拡大~宗教改革~
 『近代国家成立の歴史』5 国家と新しい商人の台頭 ~宗教改革~大航海時代~
 『近代国家成立の歴史』6 自治権を獲得したオランダ商人
 『近代国家成立の歴史』7 商人が国家をつくる
 『近代国家成立の歴史』8 オランダ商人が作った近代国家イギリス
 『近代国家成立の歴史』9 金貸しが支配するイギリス帝国へ
 

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